一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。今回の舞台は、京阪三条駅前からスタートだ。

三条大橋の交差点に立った兵動さんが手にしているのは、1964年(昭和39年)に京都市東山区で撮影された写真だ。

写真には大勢の人々が、木造建築物の軒下を見上げている姿が写っている。

兵動大樹さん:みんな上見てるよね。できたなぁ~言うてんのかな。

軒下の一部は白くなっていて、見上げる人々の表情からは、何か興味深いものを発見した驚きが伝わってくる。

しかし、この写真だけではどこで撮られたものなのか判別するのは困難だ。

■街の人に聞き込み開始! 南禅寺説と忘れ傘の謎

早速、街の人に写真を見せて聞き込みを開始した兵動さん。すると、地元の方から興味深い情報が飛び出した。

地元の方:三門みたいやな。
兵動大樹さん:この界隈で、そんだけ大きいところがある、ピーンと来るとこって、どっかありますか。
地元の方:南禅寺。

さらに…。

兵動大樹さん:これ何しているところか分かります?
地元の方:ようね、なんかこういうとこに忘れ傘とかね。
兵動大樹さん:忘れ傘いうのは、忘れ物の傘が刺さってることですか。ほんまですか?

写真の場所は「南禅寺に似ている」、そして人々が上を見ている仕草は「忘れ傘」を見ているのではないかというのだ。

さらに他に人にも聞き込みをしてみると、「忘れ傘」という有名なエピソードがあるのは「知恩院」だということだ。

街の人に聞き込み開始!
街の人に聞き込み開始!
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■「なんでみんな分かりはんの?」 地元で有名な「忘れ傘」

花見小路通りを歩いていると、80年続くオーダーメイドの靴店の職人に出会った。

写真を見せると、即座に答えが返ってきた。

靴工房の店主・榛澤さん:知恩院じゃないですか、知恩院の本堂。

兵動大樹さん:これだけ見て、なんで知恩院さんってみんな分かりはんの?

靴工房の店主・榛澤さん:この上にね、甚五郎やったかな、忘れ傘っていう有名なとこがありますね。

靴工房の店主・榛澤さん
靴工房の店主・榛澤さん

■「木造長屋を残したい」隠れた名所・三善路地

知恩院に向かう途中、香ばしい香りに誘われて立ち寄ったのが、70年続く手焼きせんべいの老舗「三善(みつよし)製菓所」だ。

焼き型の上から一気に生地を流し込む様子を見て興味津々の兵動さん。

兵動大樹さん:ほんまに手焼きなんですね!めちゃくちゃおもしろいですね。
三善製菓所 店主・辻本さん:古臭いやつや。

この焼き型は50年ほど使っているということだった。

「兵動さんにぜひ見てもらいたいものがある」ということで、 店の外へ。

店主さんに案内されたのは、なんと元長屋を改装した「三善路地」。10軒ほどの個性的な店舗が軒を連ねる隠れた名所だった。

マンション業者からの誘いを断り、京都の伝統的な建物を残そうとする店主さんの思いが、この路地を生んだのだ。

元長屋を改装した「三善路地」
元長屋を改装した「三善路地」

■知恩院の七不思議「白木の椀」

浄土宗の総本山である知恩院にたどり着いた兵動さん。

お寺の方に写真を見せると、「忘れ傘」でやはり間違いなかった。

知恩院 執事 榎本了示さん:確かにこれは知恩院の御影堂、この上に御影堂っていう、一番大きなお堂があるんです。

知恩院には古くから伝わる「七不思議」があり、「忘れ傘」もその一つ。

三門の上にも七不思議の1つがあるということで、特別に築400年の三門に上にあがらせてもらうと、そこには驚きの光景が待っていた。

七不思議の一つ「白木の棺」といわれ、三門を建てた棟梁・五味金右衛門夫妻が予算をオーバーした責任を取って、自分たちの棺と木像を作って、自害したという悲しい物語があるとされている。

七不思議の一つ「白木の棺」
七不思議の一つ「白木の棺」

■京都の寺とアイルランド万博モニュメントのつながり

「忘れ傘」を見せてもらおうと案内してもらっていると、金色に輝く謎のオブジェが。

知恩院 執事 榎本了示さん:これどこかで見たことないですか。
兵動大樹さん:これどっかで見たことあるかな。

兵動さんはピンと来ていない様子だ。

知恩院 執事 榎本了示さん:実は、関西万博でアイルランド館っていうのがありまして。そこの前に展示していたモニュメントなんです。

大阪・関西万博のアイルランド館の庭園を設計した造園会社が、知恩院の庭園も手掛けていた縁で、モニュメントの彫刻家が知恩院を訪れた際、感銘を受け、「ぜひモニュメント(マグナス・リン)を置きたい」と希望されたことから、2026年9月末まで展示されることになった。

兵動大樹さん:ここでまだ万博は楽しめるんですね。

知恩院のマグナス・リンは2026年9月まで
知恩院のマグナス・リンは2026年9月まで

■忘れ傘は火除けのお守りとして残された傘

そして、ついに謎の写真の舞台である御影堂に到着。人々が見上げていたのは、確かに軒下の「忘れ傘」だった。

兵動大樹さん:傘がどこか分からんけど、見える。

知恩院 執事 榎本了示さん:もちろん昔のことですから、いわゆる番傘というか、唐傘というんですかね。もう骨組みだけになってしまっている。

左甚五郎が火除け・魔除けとして、意図的に残していった傘と言われているそうだ。それを見上げる昭和39年の人々の姿が、この一枚の写真に収められていたのだ。

1964年の京都で撮影されたこの写真は、知恩院の七不思議の一つ「忘れ傘」を見上げる人々の貴重な記録だった。60年の時を経て、その謎が解き明かされた瞬間だった。

(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年2月6日放送)

軒下の「忘れ傘」
軒下の「忘れ傘」
関西テレビ
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