東日本大震災から15年、岩手めんこいテレビが記録した被災地の定点映像で見る15年です。
この映像には甚大な被害からの復興の推移、そして現状の課題が映し出されています。


岩手県内最大の被災地・陸前高田市。
15年前の津波により中心市街地ではほとんどの建物が跡形もなくなりました。
市内全域で全半壊した住宅は4047棟に上っています。

現在の中心市街地を捉えた2015年の映像を見ると、ベルトコンベアーで山から土を運ぶ手法で大規模なかさ上げが行われ、土地は平均7mほど高くなりました。

2016年から大型商業施設「アバッセたかた」の建設工事が始まり、翌年の4月にオープン。当時周囲にほかの建物はほとんどありませんでした。

2026年現在、アバッセたかたの周辺には住宅のほか飲食店、雑貨店など様々な店が立ち並び賑わいを生み出しています。

気仙川の河口に位置する陸前高田市気仙町も大きな被害が出た地域です。
2014年の気仙町、この地域もかさ上げが行われました。

このエリアでは2016年から災害公営住宅の建設が行われ、次第に電柱が立てられていくのが分かります。

2026年現在の映像を見ると、建物はあまり増えておらず空き地が依然目立っています。

一方、高台に目を移すと多くの人が震災後に建てた家で生活を営んでいました。
陸前高田市ではかさ上げした土地のうち55%が活用法が決まっておらず、課題となっています。


大船渡市は、最大11.8mの津波に見舞われ、3938棟の住宅が全半壊しました。

2012年~2026年までの中心市街地付近の変化を見ていくと、災害公営住宅が整備されています。
2020年の映像ではJAの白いビルが現れるなど、建物がかなり増えています。

中心市街地では山側を住宅用地、海側を商業用地に区分し、住む場所と働く場所を分ける「職住分離」のまちづくりが行われました。

中心市街地の変化を別の角度からも見ていくと、ホテルが建設され、ホテルの右側には商業施設「キャッセン大船渡」が整備されました。
15年を経て、町の顔と言えるエリアとして定着しています。


世界最大級の湾口防波堤が破壊されて、津波が市街地に流れ込み、被害が広がった釜石市。
市全域では3656棟の住宅が全半壊しました。特に鵜住居地区では住宅の7割が流されました。

鵜住居地区の2016年の映像を見ると、さら地が多いのがわかります。
そして現在の映像を見ても、依然さら地は多いものの、2019年に釜石市民体育館が、2018年に釜石鵜住居復興スタジアムが整備されました。

また2017年には小学校や中学校の新校舎も整備され、新しい街として生まれ変わりました。

そして釜石市中心市街地を捉えた2015年の映像では、時間を進めると災害公営住宅が整備され、2026年になると、さら地だったエリアにも住宅が建ってきています。
公営住宅の近くには2014年に大型商業施設もオープンし、地域の顔となっています。


大槌町では、町全域で4167棟の住宅が被災しました。
中心市街地では2013年から土地区画整理事業が行われ、約5.8ヘクタールでかさ上げが行われました。

2016年からの映像を見ると、こちらでも少しずつ建物が増えていくのがわかります。

住宅の再建が進められたのと同時に、その住宅を守るため、2つの川には2022年に大きな水門が整備されました。


宮古市で特に大きな被害が出た田老地区。国内最大級を誇った防潮堤を津波が越え、多くの建物が流されました。
田老地区を含む市全域の住宅被害は4005棟に上っています。

田老地区を2013年から見ていくと、山が削られ、その場所に宅地が造成されていきます。
2016年には造成された土地に住宅が建ち並んでいて、次第に建物が増えていきます。
高台につくられた「三王団地」には整備された約160区画に住宅が建てられました。

2017年には産直・交流施設「とれたろう」が、2018年に道の駅たろうがオープン、その後、町の賑わいの中心地となっています。

宮古市を流れる閉伊川沿いの定点映像では、県の復旧・復興工事としては最後となる閉伊川河口の水門の工事は2014年に始まりました。

地盤改良が必要になったことで工事は当初の計画から大きく遅れました。費用も当初の計画の5倍となる約360億円にまで膨れ上がっています。
2026年を迎えても工事が続いていて、完成するのは当初の予定から11年遅れの2027年3月となる見込みです。


東日本大震災から15年。
壊滅的な被害を受けた地域では、新たなまちが整備されました。
人口減少が進む中、その地域をどう活性化させるのか、問われる日々が続いています。

岩手めんこいテレビ
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