大分市佐賀関で100年以上の歴史を紡ぐ古山乳業。大分県内の学校給食やスーパーなどを中心に商品を卸している。
この会社を引き継ぐのが銀行員から転身した5代目。妻の後押しで家業を引き継ぐ決断をした。
午前6時、早朝から稼働する工場で牛乳やヨーグルトが製造されていく。
ここは1915年創業の「古山乳業」。大分市佐賀関に拠点を置き、学校給食をはじめ、県内の百貨店やスーパーに商品を卸している。
古山乳業の5代目として家業を継ぐ予定のアトツギが、古山昌稔さんだ。
掲げるポリシーは「地域密着」と「地産地消」、そして「より良い品質の商品を届けたい」という思い。
県内にいくつか牛乳メーカーは存在するが、地元資本のメーカーは古山乳業だけである。
大学卒業後は銀行員として働いていた昌稔さん。家業を継ぐために帰郷したのは2024年のことだ。
――古山昌稔さん「元々、小さい頃から興味のあった仕事っていうのがあって。銀行の仕事をして改めて家業の良さに気づいた」
そして決断の背景には、ある人物の後押しがあった。
それが奥さんである佳奈さん。将来について話す中で、家業を継ぐという選択肢が現実味を帯びてきたという。
――古山昌稔さん「一人だったら多分ずっとサラリーマンをやってたと思う」
父であり、現社長の信介さんは、息子が帰ってくると聞いた時の心境を「うれしさ半分、不安半分」と語る。
行員時代とは全く異なる仕事内容。その違いに息子が苦労しているだろうと感じつつも、その姿を見守っている。
――古山信介さん「地域の皆さんに支えられる地域乳業っていうスタンスを持ちながら、しっかり確保しながら。地域の皆さんに貢献するようなことができるといいなあというふうに思ってます」
創業から100年以上。長い歴史を繋ぐアトツギとして修行する中で、昌稔さんの家業に対する思いは強くなっている。
そんな中、力を入れたい取り組みがある。それは「食育活動」だ。
――古山昌稔さん「地元の小中学生、主に小学校低学年の子たちに対して乳製品の良さ、健康にいいとかおいしいとか、そういった話をしていくことで皆さんの食生活がより良いものになるように」
そして、できれば長く牛乳やヨーグルトを愛してもらいたい。そういった思いで食育を大切に考えている。
家業に入り、仕事への向き合い方も変化した。
――古山昌稔さん「より自分ごとの仕事をしてるかなという感じ。自分の家の会社なんで。最後は自分たちが何とかしないといけないっていう責任感がありますね」
入社前には分からなかったことや、イメージと違ったこともあった。しかし、それを上回る「喜びみたいなものはある」と語る。
メイドイン大分のブランドを100年以上に渡って守り育ててきた古山乳業。これからもその味を地域に届け続ける。
――古山昌稔さん「大分の製乳を使って大分の牛乳屋さんが届ける製品っていうのを軸に、地元で採れた素材を生かした商品作りをして地域の皆さんに提供する」