シリーズ「命と未来をまもる」。今回は能登半島地震の後、富山県内で最も遅くまで開かれていた高岡市伏木地区の避難所をクローズアップします。
教訓を生かし、次なる災害に備えようと住民たちが自ら避難所の開設訓練を行いました。
今月1日、高岡市の古府公民館で行われた避難所の開設訓練。
能登半島地震を教訓に地元の自治会が企画し、100人を超える住民が参加しました。
避難者を支える温かい食事、炊き出し訓練のメニューはそのまま参加者に振舞われました。
「カレー、おいしい」
「白玉だんご、もうあんこだけ」
訓練の目玉が、こちら。
住民たちが段ボールの箱を組み立てています。
「いま初めて、地震が起きたようにパニックになった」
組み立てた高さ40センチの段ボール箱を並べて出来上がったのは避難した人が寝る段ボールベッドです。
避難所はもともと宿泊施設ではない体育館などが指定されていることから、床に毛布を直接敷く雑魚寝を避け、この段ボールベッドを使うことで、避難者の健康を守る効果があります。
「床や板の上で寝るのと全然違う。床の跳ね返りがない。段ボールがちょっと潰れてくれる。クッションがある感じ」
この段ボールベッドに象徴される避難所と避難生活の環境改善、能登半島地震以降、県内でも自治体が対応を加速させています。
*高岡市危機管理課 室谷智課長
「段ボールベッドは有用と思って(能登半島地震の前から)準備していたが、数が避難者に対して少なく必要な方全員にいき渡らせることができなかった。出したいと思っても公平にいき渡らないので逆に出せないジレンマがあった」
能登半島地震では県内で400か所あまりの避難所が開設され、最大およそ1万6000人が避難しました。
元日の発生直後に開設された避難所は比較的、被害が小さかった県東部の市町村から順に避難の必要がなくなったことから閉鎖され、氷見市では1月23日にすべての避難所が閉鎖されました。
県内で最も遅く26日に閉鎖されたのが古府公民館でした。
当時、避難生活をした人は、となりの伏木地区の住民20人あまり。
もともと伏木小学校や伏木中学校に避難していましたが3学期が始まるのにあわせて避難所が閉鎖されるのに伴い、古府公民館に移りました。
1月10日からの避難生活。
市が段ボールベッドや非常食、避難生活に必要な物資を用意し、古府の住民たちが炊き出しなど、避難所の運営をサポートしました。
避難所の開設は自治体の責務とは言え、その運営には、住民の主体的な関与が不可欠です。
当時、古府地区は液状化に見舞われた伏木地区と比べて被害が小さかったことも避難所の運営に協力できた要因だったと振り返ります。
*当時、避難所運営にあたった古府地区の住民 中島彬子さん
「被災していたらどうだったでしょう。自分たちのことだけで精一杯だったと思う」
被災した地域の住民たち、自らが運営する避難所。
高岡市は、能登半島地震で不足が浮き彫りとなった段ボールベッドなどの拡充を進める一方、住民に、行政任せからの脱却を呼び掛けています。
*高岡市危機管理課 室谷智課長
「住民を中心に避難所を運営していただきたい。市と地域の方と力を合わせ一緒にやっていく体制をつくって上手に運営できるようにしていきたい」
避難所の運営を被災者が担うのは大変ですがその成否は災害で助かった命が失われる災害関連死を防ぐことにも直結します。
能登半島地震以降、「ライブBBT」で取り組んできた「命と未来をまもる」。
今年は、避難所をテーマにそのあり方を皆さんと考えていうことにしています。