「中国からの安い繭がどんどん入ってきて、ものすごく値段が下がったんです」

愛媛県大洲市で養蚕を営む瀧本亀六さん(84)の言葉が、日本の養蚕業が直面する深刻な現実を物語っています。

桑の葉を食べる蚕を育て、その繭からシルクを作る養蚕業。戦前には世界一の輸出量を誇り、皇居では毎年繭を収穫するなど、まさに「日本の文化」ともいえる産業が今、消滅の危機に瀕しています。

先週発表された衝撃的なデータによると、かつて220万戸あった養蚕農家が、現在はわずか100戸余りまで激減しました。

一方で、従来とは全く異なるアプローチで売上を伸ばす養蚕業者も登場しており、復活への道筋が注目されています。

■「オール国産だと、かなり光沢が出ます」

滋賀県米原市にある近江真綿工房「原田」では、4代目の原田泰三代表が伝統的な方法で1枚1枚、布団を手作りしています。この布団に使われる真綿は、蚕の繭から作られた国産100%のシルク素材です。

「オール国産だと、かなり光沢が出ますし、繭をそのまま中の綿にも使うから、ふんわり。1本の糸でできているから、丈夫な布団になります」と原田代表は純国産シルクの品質の高さを語ります。

寝心地を左右する保温性や通気性などが優れている国産シルク。しかし、その国産シルクを取り巻く状況は厳しさを増しています。

■「みんなダーッと一気に、大洲市で1軒になってしまった」

日本の養蚕業は、戦前に世界一の輸出量を誇る黄金期を迎えていました。ピーク時の1929年には農家数が220万戸を超え、日本初の官営製糸工場として設立された群馬県の富岡製糸場は、「シルクを世界のあらゆる人々に広め、生活や文化を豊かにした」として世界遺産にも認定されています。

しかし、現在の状況は一変しています。

原田代表が国産シルクの仕入れ先を訪れた愛媛県大洲市では、かつて養蚕が盛んでしたが、1990年代初めごろから周囲の養蚕農家が次々と辞めていったといいます。

「中国からの安い繭がどんどん入ってきて、ものすごく値段が下がったんです。みんなダーッと一気に(やめて)、大洲市で1軒になってしまった。私にしてみたら断腸の思いです」と瀧本亀六さんは振り返ります。

国産シルクが輸入品との価格競争に勝てず、後継者不足もあって廃業を決めた農家が多数ありました。そんな中、瀧本養蚕では孫の慎吾さん(30)が跡継ぎを買って出ました。

■「自分に何かできることがないかと思った」

慎吾さんが跡継ぎを決意したきっかけは、2018年の西日本豪雨でした。作業場が水没し、蚕が全滅したのです。

「いつもこんな元気な祖父が、さすがに落ち込んでいる、そんな様子を見て、自分に何かできることがないかと思ったのが、一緒に養蚕業やろうっていうきっかけでした」と慎吾さんは語ります。

ただ、こうした後継者がいるケースは全国的に見ても極めて珍しいのが現実です。「若い人が一遍やめたら、なかなか取り組んでくれませんな」と亀六さんは後継者不足の深刻さを訴えます。

■「5年後、10年後には日本から蚕糸業がなくなってしまう」

養蚕業の振興などを目的とする大日本蚕糸会によると、養蚕農家の経営主の大半が70歳以上で、このうち後継者がいない農家は8割を超えています。

「このまま放置しておくと、5年後、10年後には、日本から蚕糸業がなくなってしまうのではないかと我々危惧しています」と同会の東條功副会頭は警鐘を鳴らします。

現状、日本国内での国産シルクのシェアはわずか0.13%に過ぎません。

さらに深刻なのは収益性の低さです。養蚕農家の収入を時給換算すると550円程度しかないというのが実情です。

「適正な価格で繭を買い取っていただいて、製品を作っていただく。そういうシステムができあがってくれば、日本の蚕糸業は残っていけると思っております」と東條副会頭は解決策を示します。

■「ずっと眺めていられる」と飼育担当 新技術で4倍のペースで飼育が可能に

こうした厳しい状況の中で、新たな技術で生き残りをかける養蚕業者があります。京都府京丹後市にある「ながすな繭」です。

案内してくれたのは、蚕大好きの飼育担当・岸田裕紀さん。「小さな尾っぽのとんがりや、顔の模様とか姿・形が全部かわいいです。私は蚕が大好きなので、一生懸命ごはんを食べている姿も、ずっと眺めていられます」と蚕への愛情を語ります。

その”ごはん”こそが、この会社の新技術の核心です。従来、蚕は桑の葉を食べて育ちますが、こちらでは桑の葉や大豆などを混ぜた人工飼料を与えています。

「桑の葉っぱだと、春から秋までしか葉っぱがつきませんので、その期間でしか飼育ができません。人工飼料だと1年を通じて作ることができ、1年中、蚕を飼育することができます」と岸田さんは説明します。

この独自技術により、従来のおよそ4倍のペースで蚕を育てることが可能になりました。

■「シルクを糸ではなく、高機能タンパク質と定義」革新的なビジネス

「ながすな繭」の藤井卓取締役は、さらに革新的なビジネスモデルを展開しています。

【ながすな繭取締役 藤井卓さん】「当社ではシルクを糸ではなくて、高機能タンパク質と定義してまして、付加価値を高めて高い値段で、シルクをタンパク質として販売するビジネスをしています」

同社では繭から高純度のタンパク質を抽出し、肌の保湿や傷んだ髪の毛のダメージ補修などの効果があるとして、化粧品向けの素材としてメーカーなどに販売しています。また、自社でヘアケア商品などを開発し、インターネットで販売も行っています。

輸入品の繭と比べて生産過程での安全性に優れているという理由から、ヨーロッパの高級ブランドなど海外からの問い合わせも増えているといいます。

【ながすな繭取締役 藤井卓さん】「価格勝負で中国産と戦っても負けてしまって、現状に至ってるわけなので、今投資しないと、事業を拡大しないといけないという、社会的な意義もあるかなと思います」

日本の文化ともいえる養蚕業。衰退の歴史に終止符を打ち、復活を遂げることはできるのでしょうか。伝統と革新の両輪で、この古くて新しい産業の未来が模索されています。

(関西テレビ「newsランナー」2026年3月2日放送)

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