100年前、15歳の少年が映画『忠臣蔵』を見て、その記憶を頼りに丸ごと絵で再現。この作品が活弁とピアノの生演奏でよみがりました。12月14日、赤穂浪士討ち入りの日の上演会に密着しました。
【ピアニスト 天宮 遥さん】
「キネマ画と坂本頼光さんの活弁の間合いに、いかにこのピアノ伴奏で盛り上げるかという使命がありますので、頑張りたいと思います」
『キネマ画』と呼ばれるこのペン画集は、100年前に現在の山鹿市鹿本町に住んでいた芹川 文彰(せりかわ・ぶんしょう)さんという15歳の少年が描いたものです。
1701年(元禄14)年3月、江戸城・松の廊下で、朝廷からの使者の饗応役だった赤穂藩藩主・浅野内匠頭が、嫌がらせを受けていた吉良上野介に斬りかかり、その身は切腹、赤穂藩は取り潰しになりました。翌年の12月、大石内蔵助率いる赤穂四十七士が吉良邸に討ち入り、亡き主君の無念を晴らしました。
この赤穂事件を基に、『忠臣蔵』と題する映画が数多く製作されました。「日本初の映画スター」といわれた尾上松之助(おのえ・まつのすけ)主演、1926(大正15)年に公開された196分の超大作『実録 忠臣蔵』。これを15歳のときに映画館で見た芹川 文彰さんは、なんと3年をかけて、記憶を頼りに映画を丸ごと絵で再現しました。500コマ以上、約160ページにも及びます。
【芹川英治さんとのやりとり】
(映画館で見て、その記憶を頼りに描いたという)
「そういう記憶力があったのかなと」
(見たものを写真のように記憶できる能力だったんじゃないかなと)
ところどころ、人物のセリフが「フキダシ」に入った形になっています。線を重ねることで、〈動き方〉や〈スピード〉を表現。迫力ある場面では太い線で力強く描き、土煙のようなもので〈移動する様子〉を表現しています。
196分の映画『実録 忠臣蔵』のフィルムは、20分程度しか現存しておらず、長い間「幻のフィルム」と言われていました。しかし、古い映画フィルムを集めている京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に2015年に寄贈されたいくつかの古い家庭用フィルムの中から、66分の短縮版が見つかりました。「幻のフィルム」の失われた部分を文彰さんの絵が補完することとなり、『キネマ画』と名付けられました。
(芹川家の実家)
キネマ画『忠臣蔵』を描いた文彰さんは東京の美術学校に進み、絵を勉強していました。しかし、病気のために中退し、熊本に帰って来て、この部屋で暮らしていました。
【芹川 文彰の甥・芹川 英治さん】
「食事も一人で取っていたし、他の人が勝手に入れないように襖を目張りしたりとか、ほとんど座って絵を描いたり、文字を書いたり、夜はそういう状態。昼間は出て山や川に行ったり、『野イチゴをいっぱい採ってきたから、ちょっと近所の子どもに分けてやろう』とやったりとか」
写真を撮られることをひどく嫌い、残っているのは7歳の時に撮った1枚だけです。人と関わらず、唯一、心を許していたのは甥の英治さんでした。
文彰さんは1984年に73歳で亡くなりました。最後の4年間は病院で過ごし、絵を描き続けていました。
(熊本市中央区/市民会館シアーズホーム夢ホール 大会議室)
去年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日。活弁上演会は予約で満席になりました。
映画『実録忠臣蔵』の短縮版フィルムを持っていた熊本市の米田 伊一郎さんです。
【米田 伊一郎さん】
「親父が買っとったんですよ。みんなで避暑に行った時なんか、子どもたちが退屈するだろうと、映画を何本か買って。すごく丁寧に、きちんと描いてありますね」
【映画監督・脚本家 木庭 撫子さん】
「時間をかけて一生懸命描いた故人の作品が、こうやっていろいろな人の目に触れるということは、とても意味のあることだと思います」
(キネマ画『忠臣蔵』天の巻~刃傷・松の廊下~)
【活弁とピアノ伴奏】
「何卒…」
「なり申さぬ」
「吉良様、吉良様、どうか…」
「ええい、くどい男だ」
「吉良様!」
「ええい、うるさい、このたわけ者!」
「ああっ!」
100年前、15歳の芹川文彰さんがその目に焼きつけた映画『忠臣蔵』。記憶を頼りに描き上げたキネマ画に、今、命が吹き込まれています。
【活弁とピアノ伴奏】
「ええい、堪忍袋の緒が切れた!上野、これまでの遺恨、覚えたか!えいっ!」
「うわぁっ!!何をする!」
「上野、覚悟!」
「眉間に一太刀」
「うわあ!乱心じゃ、乱心者め!」
「浅野様、なりませぬ!浅野様、殿中でござる!殿中でござりまするぞ!」
「今、一太刀!今、一太刀~」
「お医者~お、お医者~」
「ご刃傷!ご刃傷でござりまする!浅野内匠頭様、吉良上野介様にご刃傷でござりまする!」
「たちまちにして城中は、上を下への大騒ぎ」
(赤穂に向かう早馬のシーン/ピアノ伴奏が響く)
【合志マンガミュージアム 橋本 博 館長】
「絵がもしかしたら映画よりも迫力あるんじゃないかという感じ。絵が動いて見えますよね。マンガ史の中でもかなり貴重な発見で、よく熊本でこれが見つかったと感激しています。これから仇討ちのシーンですから、ワクワクします」
(キネマ画『忠臣蔵』地の巻~討ち入り~)
上演会の後半、こんな一幕もありました。
【活弁とピアノ演奏】
「心配を致すな。今、スクリーンの右上の所に『バッテリーの残量が低下』というとんでもない事態が出来(しゅったい)しておるが、何の心配もない。今、しかるべき措置を取って復旧を致したところ、ご安堵めされよ」
(客席から笑いと拍手)
「全ては今宵一夜で決する!時は至れり、いざ!」
「おう!」
「ああ、かくて赤穂の浪士四十七士は、降りしきる雪をものともせず、本所松坂町、吉良上野介の屋敷へ討ち入った。森羅万象、銀世界。〈鶴翼の陣〉で吉良邸へと迫る」「そおれーい!」
「寒気を破る熱血は吉備の無念を晴らさんと、焔(ほむら)を上げて打ち鳴らす、一打ち、二打ち、三流れ。おお、これぞ山鹿流の陣太鼓!」
「討ち入りでござる!赤穂浪人の討ち入りじゃあ~!」
「次々と朱に染まって倒れてゆく・・・」
「吉良殿!吉良上野介殿はいずこにありや~!吉良はいずこ!敵(かたき)はいずこ!」
「屋敷の外れの炭小屋に・・・よっ!槍の一突き、手応えあった」
「ご主君の敵~!」
「うわあ~!」
「乾坤の一突き、ここに見事、内匠頭の無念は晴らされた」
「上野介を討ち取ったり~!」
「うわあ~と上がる勝ちどきの声。親子は一世、夫婦は二世、主従三世。今なお残る忠義の美談。そして、このキネマ画も永遠に。ご清聴、誠にありがとうございました」
【マンガコレクター 原田 誠一さん】
「目に焼きつけたそのシーンをここまで出せるのはすごいですね」
【芹川 英治さん】
「伯父はこういうことをやっていた人間で、人からいろいろ誤解を受けたところもあるものですから。伯父を分かってもらいたい、この絵を通じて。『すごいね』と言ってくれたら、それだけでよかったなと、ありがたいと思います。ちょっと誇りに思います、伯父を」