「子どもの成長のデータ化」を目指す

先週の「世界に負けない教育」では、PBL=プロジェクト型学習がもたらす教育効果について取り上げた。PBLとは、子どもたちが主体的に課題をみつけ、先生・生徒同士で対話しながら解決策を探る学びで、2020教育改革の柱の1つになる。

一方PBLの課題は、「子どもがどう成長したのか」を学力テストのように評価しにくいことだ。そこで、「子どもの成長のデータ化」を目指して、AIを駆使するベンチャー企業と連携している埼玉県の公立小学校を取材した。

「気質が遺伝的・先天的なものなのに対して、行動特性は経験や失敗から学ぶものです。これまでの研究で、社会・ビジネスで成功している人には共通する行動特性=コンピテンシーがあることがわかっています」

こう語るのは、人材開発ベンチャー、IGSの中里忍取締役だ。IGSはAI=人工知能を使って、社会人や学生の能力、気質、潜在意識を見える化し、企業の新卒採用や組織分析を支援している。

ゲーム型性格診断だ

タブレットを使い自分や友達を評価 これによって友達への関心が高まり互いに褒めあうようになる
タブレットを使い自分や友達を評価 これによって友達への関心が高まり互いに褒めあうようになる
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IGSが開発したシステム「GROW」は、ゲーム型の性格診断だ。受検者がスマートフォン上で、設問の選択肢を選ぶ際の指の動きから、通常測ることが難しいとされている個人の指向性をAIが診断する。

また、社員・友人同士が互いに能力を評価し合うことで、他者からの客観的な「360度評価」が行える。ここでもAIが恣意的な評価を排除するため、分析結果の信頼性はより高くなる。「GROW」はすでに100社以上の企業で導入されているという。

埼玉県戸田市立戸田第二小学校
埼玉県戸田市立戸田第二小学校

IGSとタッグを組んだのは、埼玉県戸田市立戸田第二小学校だ。戸田第二小学校ではプログラミング学習や英語教育を早くから導入し、PBLにも積極的に取り組んできた。校長の小髙美恵子氏は言う。

「本校では、『目の前の子どもたちを20年後の社会を創る人財に育てる』というビジョンで授業改善研究を進めてきました。そのため以前はコンテンツ(教科等)ベースで進めていた授業改善を、一昨年からコンピテンシー(資質・能力)ベースに切り替えました。育むべきコンピテンシーを『主体性』『論理力』『創造性』とし、全授業の中で育むことを目指しています」

「達成度」を測定

先生が生徒に対して日頃考えている評価と、GROWでAIが補正した評価はほとんど違いがなかった
先生が生徒に対して日頃考えている評価と、GROWでAIが補正した評価はほとんど違いがなかった

戸田第二小学校では去年から、学びによる子どもたちの成長を数値化するため、IGSと連携して「達成度」を測定することにした。戸田第二小学校では、PBLを学ぶ低学年と中学年を対象に「主体性」、「論理力」、「創造性」の評価を「GROW」を使って行った。

まず、子どもたちがタブレットなどを使って「GROW」の出す設問に次々と答える。たとえば設問には「課題解決を話し合う時に人と同じようなことしか言えない」、「自分の意見を言える」、「新しいものを思いついて人より多く出せる」などの選択肢が用意され、そのうち自分はどれに当てはまるのか、友達の○○君はどれなのかを選ぶのだ。

こうして自己評価と他者評価(先生からの評価も含む)を行うことで、それぞれの子どもがどこまで能力が伸びているのかを段階評価で見える化する。

また、自己評価と他者評価の乖離が認識できるので、「自己評価より他者評価が高いという結果が出た子どもには、先生が『もっと自信を持ったほうがいいんじゃないか』とアドバイスをすることができる」(中里さん)。

さらにこれを1年に1、2回実施すれば、学校が目指した能力がどのように伸びているのか、定量的に検証できる。

「学びの生産性」を高める授業へ

では戸田第二小学校では、今回の評価結果をどう受け止めたのか?

「まだまだデータ量が少ないので、今回のみで、相互評価がうまくいったとすることは性急だと思いますが、GROWを小学校でも十分活用できるという実感はあります。教員は経験知として漠然と教育効果つまり『児童の能力の向上(成長)』を感じていたそうです。それが今回明確に示されたので、教員は『自分の暗黙知が間違っていなかった』と自信につながったようです」(小髙校長)

戸田第二小学校では今後もGROWを活用して、データ・エビデンスをもとに「学びの生産性」を高める授業改善を行う予定だ。

教育行政にいま最も足りないのは、データとエビデンスだ。このために国の教育予算は「効果が見えにくい」とされて、削減の対象になりがちだった。戸田第二小学校のように、教育現場からデータやエビデンス重視の動きが生まれたことは、教育を科学的に検証する大きな流れにつながるだろう。

執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款
【画像提供:IGS】

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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。