「ダラダラしている時間はない」風雲急を告げる日露交渉2019 ~「0島」回避への決意と岸氏の伝言~

カテゴリ:国内

  • 安倍首相が領土問題で方針転換した瞬間
  • 領土問題は「裏切りの歴史」・・・政府内にも敵が?
  • “領土解散”、衆参ダブル選挙の現実味

安倍首相が領土問題への方針を転換した瞬間

日露首脳会談(2018年11月14日 シンガポール)

「1956年の日ソ共同宣言を基礎に、平和条約交渉を加速させる」

去年11月シンガポールで行われた日露首脳会談で、安倍首相とプーチン大統領は1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで一致した。ホテル内で同行記者団に会談結果を伝える安倍首相を間近で見た私は、その目に力強い光を感じ取っていた。予兆はあった―。会談1か月前の国会演説だ。

<2018年10月24日の安倍首相の所信表明演説>
「次の5年、いや、3年もあれば、世界は、私たちが今想像もできない進化を遂げるに違いない。そうした時代にあって、私たちもまた、これまでの「常識」を打ち破らなければなりません」(中略)「私とプーチン大統領との信頼関係の上に、領土問題を解決し、日露平和条約を締結する。日露新時代を切り拓いてまいります」

安倍首相の所信表明演説(2018年10月24日)

演説の冒頭で「常識を打ち破る」と高らかに宣言した安倍首相が、懸案の平和条約交渉については、えらくサッパリした表現をしたことに、言いようのない違和感を覚えた。表には出ていないが、これまでの交渉方針からの転換があるのかもしれないと思った瞬間だった。去年1月の演説と比べてみる。

<2018年1月22日の安倍首相の施政方針演説>
「北方4島での共同経済活動、8項目の経済協力プランを更に前進させ、日露の結び付きを深めます。長門合意を一つひとつ着実に進めることで領土問題を解決し、日露平和条約を締結する

この2つの演説の違いがわかるだろうか。日露双方が領土問題解決に向け、まずは双方の法的立場を害さない特別な制度を前提とする「共同経済活動」の着実な推進を目指すとした1月の演説と、両首脳の信頼関係の上に領土問題を解決するとした10月の演説では、明らかに「解決に向けたステップ」が変化している。10月の演説では、一見、表現が後退しているようにも見えるが、「首脳同士の信頼関係」のもと、トップ同士のイニシアティブで領土問題の解決を目指すとシンプルに宣言しているのだ。

安倍首相の決意…“別次元”の領土交渉

では、日露交渉で安倍首相が打ち破るべきとする「常識」とは何なのか―。

北方領土問題の決着方法としては、これまでに「4島一括返還」「2島先行返還」「2島返還」といった選択肢、さらに両国が協議中の北方領土での共同経済活動を組み合わせた「2島返還+α」などの言葉がメディアに踊っている。

一方で、北方領土問題解決に関する「日本の基本的立場は何か?」というシンプルな問いの答えについては、外務省のホームページに次のような記載がある。

「北方4島は、一度も他国の領土となったことがない、日本固有の領土です。しかし、1945年に北方領土がソ連に占領されて以降、今日に至るまでソ連・ロシアによる不法占拠が続いています」

しかし安倍首相が目指すのは、外務省HPに掲げられているような歴史的事実を踏まえた上での、全く別次元の交渉であり、今すでにその交渉は始まっている。安倍首相は、4島返還は平和条約締結に必要不可欠な条件とは考えていない。そこにあるのは1島も帰ってこない事態だけはなんとしても避けたいという決意であり、それには安倍―プーチンの間でしか成し得ないという確信があるのだろう。

ロシアにとって平和条約交渉は「裏切りの歴史」

歴史を振り返れば北方領土問題は、政権が変わるごとに「交渉の開始」「交渉の挫折」「仕切り直し」を余儀なくされてきた。政府関係者は「日本政府の時々の立場の変節が、ロシアにとっては裏切りの歴史でもある」と指摘した上で次のように述べている。

「裏切りの歴史をリセットするには、日露双方が議会で批准した唯一の文書に立ち戻る必要があった」

それが1956年に双方で結ばれた日ソ共同宣言だ。しかし、この歯舞・色丹2島の引き渡しのみを明記した合意に立ち戻る姿勢を示せば、当然のように「4島返還を捨てたのか」という批判が沸き起こる。「政府が領土問題に関し重大な方針転換をしたのであれば、国民に説明すべきだ」という野党の指摘ももっともだが、安倍首相は、こうした批判がなされることを織り込み済みだった。

日ソ共同宣言(1956年)

領土交渉で政府関係者が懸念する「身内の敵」?

帰属の問題を含む領土問題を解決するということは、日本とロシアとの間の国境線を画定させることになるだけに、ロシアから厳しい条件がつきつけられるとみられる。

ロシアにとって重要な北極海と日本海を結ぶシーレーンの確保や、ロシアが歯舞群島と色丹島に米軍を配備しないよう日本に求めていることも重要なポイントになるし、日本はクリミアのロシアへの帰属を認めることも要求されるだろう。こうしたシナリオについては、現に政府関係者も語っている。

さらに政府関係者は交渉が容易でない要素として「外務省内に抵抗勢力がいる」と指摘し、交渉の進展には「日本政府が交渉に際して足並みが揃えられるかどうかが必要不可欠だ」と語る。政府内には、4島返還を捨てるべきではないという勢力もあるということだ。

政府の交渉方針が一枚岩でない場合、あるいは一枚岩でないとロシアに受け取られた場合、日本が足元を見られるのは確実だ。ラブロフ外相をはじめとする強硬派は、日本の世論や、政府関係者の発言に常に目を光らせている。

重要な交渉が進展しつつある場合に、「次の質問どうぞ」と連発し批判を浴び謝罪した河野外相の対応は、ある意味では理にかなっているといえる。具体的な発言、予断を持たせるような発言はすべて交渉に悪影響を与える恐れがあると考えているのだ。ただ、折に触れて国民に必要な説明をする機会は設けるべきなのは当然だが。

「次の質問どうぞ」を繰り返した河野外相の会見(2018年11月11日)

“領土解散”、衆参ダブル選挙はあるのか!?

そして領土交渉は、日本国内の政局をも左右する。ロシアとの交渉に絡んで2019年の夏、安倍首相が衆参同日のダブル選挙に打って出るという観測がある。衆参ダブル選挙は、1996年の選挙で小選挙区制が導入されて以降、取りざたはされても一度も行われていないのだが、今回も安倍首相が検討しているという様々な見立てや解説が囁かれている。

現時点で「基本的にはダブル選挙はない」とみているが、全くないとも言い切れないのが実態だ。政府関係者は、「ロシアとの平和条約交渉が具体的に進展すれば、ダブル選挙を打って出ることはあり得る」と断言する一方で、「ロシアが日本の都合に合わせて交渉を進めてくれるわけではない」とも指摘している。

第2次政権7年目を迎えた安倍首相が、単に政権延命を考えた「安全運転」に注力しているとは思えない。安倍政権とは何だったのかという総決算に向け、最後に何を為すべきかを考えているはずだ。その観点から、ダブル選挙に踏み切る大義があるとすれば、次の2つだろう。

(1)日露交渉で2島返還を軸にした平和条約締結が現実味を帯びた場合、従来の方針の大転換であり国民に信を問う必要が生じる場合

(2)世界的な景気や株価の低迷など、10月に消費税率を上げる環境が整っているか疑問が生じた場合

(2)に関して政府関係者は、「金融メカニズムの機能不全が生じない限り、予定通り消費税率は10%に引き上げる方針だ」という。となると現時点で消費税率引き上げの是非をめぐって参院選でダブルというのは考えにくいか。

そうすると、やはり焦点は(1)になる。政府高官は「2019年、重要なのはやはり外交だ」と語る。「外交」というのは、ロシアだけでなく、北朝鮮問題もあれば、米中貿易摩擦もあり、TAGと呼ばれる日米物品貿易協定交渉の行方も焦点ではあるが。ダブル選挙があるかを見極める最初の試金石は1月下旬に予定されている安倍首相のロシア訪問だ。それに先立ち、モスクワでロシア側の交渉責任者と対峙する河野外相の手腕も試される。

交渉の行方が見通せない現時点では、領土問題に絡めたダブル選挙の可能性は「低い」とみられるが、安倍首相の頭の中には、ダブル選挙をやるためではなく、北方領土問題を解決する手段の一つとして、ダブル選挙があるのは間違いないだろう。そしてその決断は瞬時に行われるものだ。

安倍首相・年頭の誓い

安倍首相が繰り返し読んでいるという、祖父・岸信介元首相のインタビューを収録した『岸信介証言禄録』(原彬久著、中公文庫)には、岸氏が戦後外交の重要エポックについて指摘する場面がある。

「もしあるとすれば、今後の大きな問題ですが、憲法改正と北方領土返還の問題だと思います。これは誰がやるかしらんけども、やらなければならない時期は必ずくる」

故・岸信介元首相

安倍首相が戦後外交の総決算として掲げる最重要テーマがまさに「憲法」と「北方領土」だ。今年1月6日、山口県長門市に里帰りしていた安倍首相は、日ソ交渉にも尽力した父・晋太郎元外相の墓前にいた。

「何としても前進させていく。この領土問題、平和条約の問題に終止符を打つために全力を尽くしていくということを誓った」

故・安倍晋太郎元外相の墓前で語る安倍首相(1月6日 山口・長門市)

2021年までの安倍首相の任期のなかでも特に目が離せない今年の日露外交。政府関係者は次のように決意を語っている。

「ダラダラしている時間はもうない。このまま『0対4』でいいのかという話だ。島が一つも帰ってこない状態のままでいいのかどうか、その時が来たら国民に信を問うのは当然だろう」

(政治部・官邸キャップ 鹿嶋豪心)

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