安倍前首相も解散に言及 時期を左右するのは、「内閣不信任」ではなく「ワクチン」?

安倍前首相は5月4日のBSフジ「プライムニュース」に出演し、次の自民党総裁選挙で菅首相の再選を支持する考えを表明。さらに総裁選前に衆院の解散総選挙が行われれば総裁選は無投票再選が望ましいとの認識を示すど、任期満了まで半年を切った衆院の解散のタイミングが改めて注目を浴びている。

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実は菅首相は4月26日、この解散総選挙にも絡むようなある発言をしている。前日に行われた衆参3つの国政選挙で全敗したことについて問われ、「国民の皆さんの審判を謙虚に受け止め、さらに分析をしたうえで、正すべき点、しっかり正していきたい」と述べたのだが、注目すべきはその次のフレーズだ。

そのうえで、7月末を念頭に、高齢者の皆さん、希望する方全員に、2回目のワクチン接種が終えるように政府として取り組んでいきたい」

「そのうえで」というやや強引な言葉の切り返しで、選挙から高齢者へのワクチン接種へと話を展開させたのだ。

高齢者へのワクチン2回接種を7月末に終える目標は、3日前の3度目となる緊急事態宣言発令の記者会見で、菅首相が突如打ち出したばかりのものだ。この発言について政府関係者は「ワクチン接種に関する菅首相の強い思いの表れだ」と言うが、選挙結果への所感を尋ねた質問に対して接種目標を語るほど、菅首相の中でワクチン接種は、国政選挙ひいては衆院総選挙と、その結果を左右する内閣支持率に大きな影響を与えるものだと考えているのだろう。

訪米中も解散に関する質問が相次ぐも菅首相の答えは…

最近になって菅首相が記者から衆議院の解散時期やその際の条件などについて問われる機会は多くなっている。日本時間の4月17日、菅首相が訪問先のアメリカで行った「内政懇」と呼ばれる記者とのオンレコでの懇談の場でも、記者による質問11問のうち5問が衆院選・総裁選に絡んだ質問になった。菅首相は、野党が内閣不信任決議案を提出すれば、「基本的にそう(解散の大義に)なる」という認識を改めて示すとともに、「いずれにしろ、コロナ対策をやることが大前提」と注釈をつけることも忘れなかった。次のようなやり取りもあった。

記者:
「ということは、任期満了になるべく近くコロナ対策をじっくりやって解散したほうがいいと思っている?」

菅首相:
「まあ、あの、とにかく国民の皆さんの今一番の関心はコロナですから、早くかつてのようなですね、安心できる生活を取り戻す。そうしたことを優先に考えて今、私自身は活動をしていますので、そういう中で(衆議院の)任期は10月と決まっていますから、時期を考えながら、ということになってくると考えています」

衆院選の時期は、もう絞られている?

これらの発言から透けて見えるのは、菅首相は、一刻も早く衆院を解散したい、とは全く思っていないということだ。野党が内閣不信任案を出した場合の「解散の大義になる」発言も、基本的にはファイティングポーズ以上のものではないとみられる。新型コロナの対応を最優先するという姿勢だけは菅首相の絶対にブレない軸だ。

では、感染状況も刻々と変化するなか、いつごろを衆院選のターゲットにしたいのか。自民党総裁としての任期は9月末まで、衆議院の任期は10月21日までなので、フリーハンドではなく選択肢は限られる。

その中で、5月11日までの緊急事態宣言の延長は不可避との見方が政府内では大勢で、直近の解散は難しい。さらに政府内には「6月に再び感染の波がやってくる」との指摘があるほか、7月4日の東京都議選に合わせた「ダブル選挙」についても、菅首相がこだわる7月末を目標とした高齢者へのワクチン接種期間と丸かぶりするため、可能性は低くなった。その先の7月23日~8月8日には東京オリンピックも控えていて、選択肢は極めて少ない。

一方、各社の世論調査では、衆院選の時期について「任期満了近くの選挙が望ましい」という意見が多く、「様々な制約」と「世論」の二つを併せれば、「任期満了かそれに近い時期の選挙」という可能性がより高まっていると言える。

自民党内の「不穏な空気」の根底にある「不安」とは

自民党の重鎮、古賀元幹事長は4月中旬、毎日新聞のインタビューで「仮に任期満了近くの選挙になったとしても『追い込まれ解散』と批判されることはないと思うし、あってはならないと思う」と語った。菅首相のもとで結束して衆院選を戦うべきという強いメッセージだが、「ポスト菅」の一人に数えられる岸田政調会長が率いる岸田派の元名誉会長の発言だけに、発言が党内に与える影響は少なからずあるだろう。古賀氏がこのような発言をした背景には、自民党内で、菅首相の政権運営や衆院選に向けた様々な意見・観測が出始めていることが念頭にあるものとみられる。例えばある現職閣僚の一人の次のような声だ。

「菅さんが『選挙の顔』にならないという危機感を感じる」

この閣僚は4月下旬、3つの国政選挙での「全敗」について、政治とカネの問題など個々の選挙区事情やコロナ禍での制約を要因に挙げつつも、菅首相が衆院選の顔にならないのではないかという危機感をダイレクトに口にし、こう語った。

「菅さんを選挙に呼んだところで、人が集まるか?」

自民党内で過去に「選挙の顔」になるか否かというフレーズが声高に叫ばれた例は、近いところでは第一次安倍政権の後の福田政権の時である。2007年、体調不良を理由に電撃辞任した安倍首相からバトンを引き継いだ福田康夫氏だったが、自民党は当初から福田氏には選挙の顔としての役割を期待しておらず”中継ぎ”との位置づけだった。その後、福田氏の辞任表明を受け、麻生太郎氏が選挙の顔の「大本命」として首相の座についた。しかし、リーマン・ショックへの対応を衆院解散より優先し任期満了に近い選挙を余儀なくされると、この間に首相自身の失言や高級バー通いへの批判、閣僚の不祥事など政権へのダメージが続いた。そして内閣支持率は低下し、“麻生おろし”という言葉も生まれた末の選挙で、麻生自民党は惨敗し下野した。

麻生氏の評価は、首相就任からわずか1年足らずの間に、「選挙の顔」から「選挙の顔にならない」というものに180度変わってしまった。あれだけ待望されて首相に就任しても、議員は世論の空気を受けてすぐに“心変わり”する。

では、今の自民党内の空気はどうか。「菅さんでは正直物足りないが、菅さんに代わる人もいない」(自民党中堅議員)という意見を聞くことがある。ただ、古賀元幹事長が指摘するように、自民党が政権転落した麻生政権末期のような状況とも異なるし、そもそも菅内閣の支持率はこれまでのところ堅調に推移している。ただただ、3つの国政選挙で一つも勝てなかったという事実が、議員心理に底知れぬ不安をもたらしているのだ。

自民党内には「結果を甘く見ない方がいい。いま衆院選をやれば少なくとも20議席から30議席は減らす」という意見がある一方、「菅内閣は新型コロナ連動型」(自民党幹部)であり、「ワクチン接種が進んで感染者数が減れば状況は好転する」(同)という見方もある。

「安倍待望論」が再燃するも、安倍氏は「菅首相の再選支持」表明

そうこうするうちに、安倍前首相が自民党の憲法改正推進本部の最高顧問に就任し、保守系議員グループの顧問に就任するなど、再び活動を活発化させていることを受け、党内から選挙の顔として安倍氏に期待する声が出ている。

ただ、安倍氏の場合、「桜を見る会」の問題がくすぶり続けていることもあり、一足飛びに3度目の自民党総裁就任というのはハードルが高い。当面は、近い将来に出身派閥である細田派への復帰を視野に入れながら、保守系グループでの活動を中心に足場を広げていくものとみられる。また、緊急事態条項の創設など、コロナ禍でにわかに議論が活発化してきた憲法改正論議が衆院選の争点の一つになれば、安倍氏の出番や発信がさらに増える可能性がある。その安倍氏が5月3日、首相退任後初めてテレビ番組に出演し、秋に予定される自民党総裁選で菅首相の再選を支持すると明言した。

「総裁選挙は去年やったばっかりですから、この1年後にまた総裁を代えるのかと。これはやはり自民党員としては常識をもって考えるべきだと思いますし、当然、菅総理が継続して総理の職を続けられるべきだろうと思う」(5月3日・BSフジ「プライムニュース」)

さらに安倍氏は菅首相が9月末の総裁任期切れ前に解散総選挙を行い過半数の議席を維持するなど一定の結果を出せば、その後の総裁選は無投票で再選されるとのシナリオにも言及した。

「選挙で国民が菅総理を選んだそのあとに党内で総裁を代えるのか。私はおかしいと思う」

安倍氏は番組の中で、2009年の衆院選で自民党が政権を失った要因として、「党内が一致団結できなかったことも大きい」と振り返った。次の総裁選での菅首相の再選支持を早々と明言した背景には、こうした過去の苦い経験が教訓としてあったのだろう。安倍氏の発言からは、一歩間違えれば自民党はまたいつでも下野してしまうぞ、という危機感が見て取れる。

一方、次期総裁選に向けての党内の現状は、菅首相と去年の総裁選を戦った岸田文雄・石破茂両氏が出馬するかは予断を許さない状況。去年総裁選への出馬を模索した河野太郎氏は菅内閣の最重要ミッションとなった“自治体へのワクチン輸送”の重責を担っているため、出馬は困難な情勢。下村政調会長、野田聖子幹事長代行らも状況次第での出馬を模索するが推薦人確保と党内での支持拡大の見通しは立っていなという状況だ。

こうした中での安倍氏の今回の菅首相の再選支持表明は、これらの「ポスト菅」候補や各派閥の動向に影響を与える可能性がある。

不確定要素は「緊急事態宣言」「ワクチン」「東京オリパラ」

菅首相は高齢者へのワクチン接種を7月末までに終える目標を掲げたものの、実現可能かは現時点では不透明だ。菅首相には高齢者にある程度ワクチンが届く状況にならなければ衆院の解散は難しいとの基本認識があるため、「7月末の接種状況がどうなっているか」が今後の菅政権の行方を占うことになる。仮にここで菅首相の目標と乖離した接種状況になっていれば、政治的に追い込まれていく可能性もあるため、菅首相は大きな賭けに出たといえる。また、変異ウイルスの拡大と収束にメドが見えないなかで東京オリンピック・パラリンピックを開催するかは、観客をどうするかも含めて正念場を迎えている。

3度目の発令となった緊急事態宣言が、これで打ち止めになるのかも予断を許さない。仮に宣言の発令と解除を今後も断続的に続けるのであれば、それに見合う中長期の視点に立った対策、要請と補償を法律的に担保する大きな政策議論が早急に必要になる。

任期満了かそれに近い形での実施になろうとも次期衆院選は確実に半年以内に行われる。与野党には、この国のカタチをどう創っていくのかというビジョンを明確に掲げ、それを真剣に国民に問い、審判を受ける必要がある。中国への対応など東アジアの安全保障問題や、時代に相応しい憲法のあり方、温室効果ガス削減目標と成長戦略、コロナ禍でさらに加速する少子化対策、格差対策など、議論するべきテーマは山ほどある。

(フジテレビ政治部・鹿嶋豪心)