将棋会館のお膝元で将棋教育

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都内千駄ケ谷といえば、将棋ファンにとっての聖地、プロ棋士による数々の名勝負が行われてきた将棋会館がある。そのお膝元の渋谷区立千駄谷小学校では、授業やクラブ活動に将棋が行われている。将棋は論理的思考力や集中力を高める効果があると言われているが、学校の教育現場ではどうなのか?取材した。

「ピシッ」「パチッ」

教室内に、駒を指す音が響く。将棋盤を挟んで向き合う子どもの顔は真剣だ。千駄谷小学校では、約18年前から将棋のクラブ活動が始まった。当時からこの活動を主宰する元日本将棋連盟専務理事の田中寅彦九段は、始まったきっかけをこう語る。

「四男がこの学校を卒業する時、当時の校長先生から『ここはせっかく将棋会館が近いので、将棋のクラブ活動をやりたい』と相談がありました。そこで、『月に2回教えに行きますよ』と始めたのがきっかけです」

クラブ活動はほぼ隔週土曜日に行われ、一回2時間程度。クラブの登録数は50名程度で1年生から6年生まで。ただ土曜日ということもあり、近隣の小学校や中学校からも参加している。

『負けました』『有り難うございました』

先週末のクラブ活動では、田中寅彦九段と子どもたちが、対局の前にこんなやり取りを行っていた。

「相手が決まったらまず挨拶。そして負けたらどうする?」
「負けました!」
「そう、悔しいけれどちゃんと言うんだよ。勝ったらどうする?」
「有り難うございました!」
「そう、感謝の気持ちです」

礼に始まり、礼に終わる。負けた方は負けを認め、勝った方も「やった」と喜ぶのではなく、お互いの健闘を認め合う。

「将棋は言い訳ができないボードゲーム」と田中氏は言う。

「将棋は勝負がはっきりわかります。最後に『負けました』と自己申告し、負けたことをしっかり自覚して、悔しさを乗り越える。だから『負けるのは悪いことじゃない』といつも言っています。こういうことが一番いい教育になるんじゃないかと思います」

先を読む力、論理的思考と集中力を高める

またこの学校では4年前から、1年生から3年生の授業にも将棋を取り入れている。

加納一好校長は、将棋の教育的効果について次のように語る。
「まずは、自分自身を見つめて行動に移す心が育つのが一番いいところかなと思います。学力は次ですね。将棋は先を読むし、論理的に考えるゲームなので、様々な学習効果があると思います。3つ目は集中力がついてくるように思います」

将棋人口は現在700万~800万人と言われているが、将棋漫画「3月のライオン」のヒットや「藤井聡太効果」で、子どもの将棋人口が男女問わず増えている。

このクラブに通う4年生の男の子のお母さんは、海外からの帰国後子どもを将棋クラブに入れたという。
「イギリスにいたときもチェスクラブが盛んで、頭の体操になると学校も熱心でした。日本に帰ってきて同じように将棋を始めて、先を読むことを学んでいるかなと思います。論理立てて考えられるのがいいですし、記憶力もつきますね」

将棋というゲームの無限の可能性

この男の子は、「勝つのは好きです。負けるのは悔しいけどどうして負けちゃったのかわかって勉強になる。下の学年の方が勝ちやすいけど、上の方が勉強になるから両方好きかな」

2年生の女の子は、「お父さんがやっていて面白そうだから始めた。なんで負けたか考えるから面白い」という。

「負けるのは悪いことじゃない」という田中氏の言葉が浸透しているのだ。
「負け続けるとつらいけれど、逃げずに乗り越えていくことができれば、成長していく上で大きな自信になると思うのです」(田中氏)

田中氏は、将棋こそ学校教育に導入するべきだと言う。
「小さな9×9の81マス、駒の数は40ですけど、いろんな味のある駒があり、動きによって無限の可能性があります。将棋の手の数は10の220乗なんですよ。宇宙の原子の数が10の80乗と言われていますから。最高のゲーム、世界に誇れる文化だと思っています。こんな素晴らしいものを日本の教育でしていないのがおかしいと思います」

将棋には様々な教育的効果があると言われているが、「負けを認め、乗り越える」心を育むことが第一の効果なのだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款著
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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。