「すべては子どもの健全な成長のために」
PTAの本来の目的とするのは、保護者と教職員が力を合わせ、子どもの成長を支援していくことだ。もちろん活動はボランティアであり、団体への加入は義務付けされていない。しかしいったんPTAに加入すれば、学校行事の手伝いや登下校の見守り、地域パトロール、PTA総会への参加などやることは限りない。さらに実質強制的な役員の持ち回りもあり、共働きで日々の生活に追われる保護者にとってPTA活動は頭痛のタネだ。

「PTAのルーティンを見直し、子どものために何ができるか考える」

東京都小金井市で行われた、PTAを変える新たな試みを取材した。

PTA総会を保護者の対話の場に変える 

PTA総会と言うと、来賓の挨拶が延々続き、議題はかたちばかりの採決を取って承認され、最後は懇親会があって終了というのが一般的だ。しかし小金井市小中学校PTA連合会の総会は、普段見慣れない風景が広がっていた。

5月11日に小学校の講堂で開かれた総会には、約200人の保護者と教育委員会、市会議員が参加。通常の総会の段取りが終わると、参加者はアトランダムに5人程度のグループに分かれた。グループではお互いに向き合って円状に座り、寄せ合った膝の上には1枚のホワイトボードとペンが乗っている。用意されたお茶とお菓子を食べながら、参加者は設定されたテーマについて意見交換を行い、ホワイトボードに出された意見を書き込んでいくのだ。

これは「ワールドカフェ」と呼ばれる議論の手法で、カフェのようにオープンでリラックスした雰囲気の中で行うことで、創造性に富んだ対話を引き出そうとする試みだ 。また、ホワイトボードを囲んで意見を書き込むグループワークは、東京工業大学で実践されている「えんたくん」の手法を取り入れた。

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PTAで子どもの課題を話さなくていいんですか  

この総会の仕掛け人の1人である大熊雅士教育長は、総会に「ワールドカフェ」を取り入れた理由をこう語る。

「小金井ではPTAが協力的で、学校運営に無くてはならない存在になっています。しかしPTAには『研修会を去年やったので、また今年もやらないと』など、深く考えずに前例を踏襲することが多い。保護者からは『目の前の子どもたちは大きな課題をいっぱい抱えているのに、PTAでその課題を話さなくていいんですか?PTAが新しいことをしなくていいんですか?』という声があり、本来のPTAのあり方を考えて、子どもの課題を考える会をやってみようということになりました」

今回意見交換を行ったテーマは、「子どもの自己肯定感」だ。その理由は、「何が問題かと言った時に、一番となるのが自己肯定感の低下です。引きこもりや不登校、いじめはすべてここから始まる」(大熊教育長)からだ。

意見交換では、「自己肯定感を下げている子どもは何を思っているのか」「それは何が原因か」「PTAは何ができるのか」を、それぞれが意見を出し合いホワイトボードに書き込んでいく。ホワイトボードには、「子どもは忙しすぎて時間や居場所がない」「そもそも親自身にも余裕がない」「親同士がもっと会って、お互いの子どもを『凄いよっ』て言い合うのはどうか」といった言葉がびっしり並ぶ。対話セッションは1時間弱だったが、どのグループの参加者も終了しても まだまだ話し足りなさそうだった。

大熊教育長(中央)もグループワークに入る
大熊教育長(中央)もグループワークに入る

いまPTAの存在意義がわからなくなっている 

会終了後、総会に初めて出席したというお母さんは、「普段聞けない、いろいろな家庭の子育ての様子を聞けて視野が広がりました。今後PTAとして、小さなことですが家に友達呼んであげて、交流の場を広げる手伝いをしてやれたらいいな思います」と語った。

また去年も総会に出席したというお母さんは、「去年と全然違う」と語ったうえで、今後のPTAのあり方について「PTAは子どもの近くにいられるからこそ、子どもがいま何を思い、 何が必要なのか拾えればいいなと。それをPTAのみんなに伝えて、より良い居場所を作ってあげれたらいいんじゃないかなと思います」と語った。

いまPTAには、運営すること自体に汲々として、子どもを取り巻く課題に向き合ってこなかったという反省がある。小金井市のPTAを束ねる連合会の前田薫平会長は、「いまPTA自体の存在意義がわからなくなってしまっている」と前置きしたうえで、だからこそPTAが一歩踏み出さなければいけないと強調する。

「子どもたちの一番近くにいる保護者と先生の、次に近い存在なのが地域の大人です。しかし昨今では『ナナメの関係』、つまり自分の親には相談できないけれど、近くの大人には相談できるという存在がなくなりつつあります。子どもの孤立を防ぐためには、地域が必要だと思います」

PTAと地域が一体となって子どもを見守る  

学校の教員の仕事量は限界を超えており、今後益々PTAには教育への参画を求められそうだ。そうなれば保護者の負担感がさらに増える可能性もある。

しかし前田会長は言う。
「結局は子どもたちのためで、誰かが得をしたとか損をしたとか言う方が多いのは何でかなと疑問に思っています。やらされているというのは楽しみを生まないと思います。今回の総会も前向きに考えている人が手伝ってくれたからこそ進めることができました。子どもたちが『お父さん、お母さんが何か面白いことをやっている』と見てくれればうれしいなと思っています」

一方、総会に参加した四児のお母さんは、これからはどれだけ地域を巻き込めるかがポイントだと語った。

「いま小学校で子どものためにあれをしてみよう、これをしてみようと考えているんですけど、やっていくうえで人材が足りません。PTA役員だけでは回らない部分もあり、でも働いているお母さんが多い中でやっていくには、やっぱり地域を巻き込みたいなと。どれだけ地域の方を巻き込んでいけるかが、子どものよりよい居場所作りにつながっていくと思います」

地域=PTAだけでは ない。たとえ子どもが学校を卒業しても、地域の大人として子どもに関わり続ける。教員、保護者(もちろん父親も)、行政、そして地域住民が一体となって子どもの成長を見守る社会がこれから益々必要になる。

小金井市のPTAの取り組みは、その第一歩なのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
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鈴木款著
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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。