Xは、この職質が3月27日朝にあった話だと明かしていたが、そもそもX自身がその日に上九一色村の教団施設への捜索に朝から出動していたことが確認されたのだ。

上九一色村の教団施設では連日捜索が行われていた
上九一色村の教団施設では連日捜索が行われていた

Xは27日朝に南千住にある現場周辺の下見には物理的に行くことができなかった。この事実により、Xの職質話は27日におきたことでも、X本人が体験したことでもないと断定された。別の人間から聞いた伝聞の話をXが語った可能性が高いと推定されるに至るのである。

警察手帳には本人の顔写真が掲載されているため他人に自分の警察手帳を貸すことはできない。名刺なら貸すことができる。

実際は職質を受けた別人が警察官にXの名刺を見せた話であるにも関わらず、警察官の常識から言ってそれでは不自然だと思ったXが、警察手帳も見せたという嘘を付け足して話した可能性があるのだ。

元々は事件3~4日前、双眼鏡を覗いている不審人物が新聞配達員に「警察だ。仕事中だからあっちに行ってくれ」と言ったという情報(目撃情報H)について石室が池袋で尋ねた際に、Xが勘違いして自ら明かした話だ。(*第18話-1参照)この時、石室はXに「警察だ…」の部分を声に出してみるよう促している。この唐突な質問に自分が受けた前述の「釣り宿の職質」について追及されると思って焦ったXは、誤魔化すために他人から聞いた「名刺」の話をしたのではないか。

Xの職質供述を裏付けるため数年越しで行なわれた「職質警察官」探しにより特捜本部は「釣り宿の職質」という思わぬ副産物を得た。警察手帳を出し「築地特捜の者だ」と警察官に見得を切ってみせた男はX本人だったのかもしれない。

その後もXから「釣り宿の職質」が語られることは一切なかった。うかつにも警察手帳を出してしまった「釣り宿の職質」について裏付けが取られることをXは恐れ、ひた隠した可能性があるのだ。

【秘録】警察庁長官銃撃事件35に続く
【執筆:フジテレビ解説委員 上法玄】

1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。
警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。
東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。
最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。