“貧富の格差と失業者の増加に苦しむ中国”と“労働力不足に悩む日本の製造業”は、研修生制度という糸でつながっている。いわば、互恵(利益や恩恵を与えう合うこと)の糸だ。

一方で問題となっていたのが、低い賃金や長い労働時間といった、日本人と比べたその処遇。今から約15年前、この“互恵の糸”に危機が訪れていた。福井県の小さな縫製工場で働く3人の中国人女性たちの意外な本音に迫る。

フジテレビ系列28局が1992年から続けてきた「FNSドキュメンタリー大賞」が第30回を迎えた。FNS28局がそれぞれの視点で切り取った日本の断面を、各局がドキュメンタリー形式で発表。今回は第16回(2007年)に大賞を受賞した福井テレビの「『互恵』の糸〜山里の中国人研修生を追って」を掲載する。 

(※記事内の情報・数字は放送当時のまま掲載しています)

福井の山あいで働く3人の中国人研修生

中国人研修生が働く小当見町の風景
中国人研修生が働く小当見町の風景
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福井市の山あいにある小当見町は、農業と林業の町。現在28世帯・59人が暮らしている。

この町のはずれに建つプレハブ小屋では、朝から晩までミシンの音が響いている。ミシンを操っているのは中国からやってきた3人の女性だ。洪美(33)さん、顧雲美(37)さん、楊衛琴(29)さんは、中国江蘇省から技術研修生として山口縫製の工場にやってきた。

“研修”とはいっても、実態は“出稼ぎ労働”にほかならない。仕事場には好景気のころと同様に20台のミシンがあるが、5年前に最後の日本人が辞めてからは、働いているのは彼女たち3人だけだ。

作っているのはスポーツウエア。3人が分担して襟と袖と、ファスナーを取り付けていく。山口縫製はスポーツ用品の世界的メーカーの製品なども請け負い、1日平均150着ほどを仕上げていく。

暮らすのはガムテープで補強された築70年の建物

3人が暮らしている社員寮は築70年で、裸電球の下がる寝室は3人一緒。6畳一間に置かれているのは、ビールケースでできたベッド、壁はところどころガムテープで補強してあった。

3人が暮らす6畳一間の寝室
3人が暮らす6畳一間の寝室

3人は昼ご飯も寮で自炊する。この日のメニューは大根の葉と卵のスープに大根炒めだ。

中国に比べて全てにおいて物価が高く、もったいなくてとても買えないと言う。冷蔵庫に入っているのは中国製の食材で、例えばソーセージ1本は中国で買うと約10円。節約のために、食べ物のほとんどを中国の実家から送ってもらっているのだ。

社員寮での食事風景
社員寮での食事風景

徹底した節約生活はこれだけではない。実は、米もおかずの大根も無料だ。工場の社長は兼業農家で、畑の野菜や米を気前よく分けてくれるのだという。顧さんは「ここは田舎でとても不便。でも社長夫妻がとてもいい人なのが幸い」と話す。

山口照栄社長(77)と妻のきくゑさん(75)は、もう年金の対象となる年齢。社長夫妻はもうあくせく稼ぐ欲はない。しかし、事業を続けられることに感謝している。

山口社長は「3人が働くおかげで農業ができるので本当に助かる」と口にした。

薄暗い中で作業するのは「社長への節約は私たちのため」

薄暗い中、電気もつけずに作業する中国人研修生
薄暗い中、電気もつけずに作業する中国人研修生

冬、あたりが少し薄暗くなってきたにもかかわらず、工場で働く3人はなぜか電気をつけようとしない。理由は「社長への節約は私たちのため」「社長夫妻が買い物に行くと、食べ物を買ってきてくれる。だから、私たちも節約しないとね」だ。

「彼女らがいないとね。やっぱり仕事になりません。もうジリ貧で尻すぼみと言いますか。精一杯働いてもらって、お金も精いっぱい持って帰ってほしいし、日本語も覚えて帰ってほしい」(山口社長)

3人が起きるのは朝7時過ぎ。朝食は決まっておかゆだけで、しかも起きて30分もしないうちに出かけなければならない。とはいっても、仕事場の縫製工場は社員寮のすぐ隣だ。

山口縫製は零細企業だが、繁忙期には仕事が殺到する。3人が日本に来て2年あまり経つが、毎日工場と寮を往復するだけの生活を送ってきた。

中国人研修生が日本で働く理由

彼女たちの月給は約10万円。これは中国の一般的な工場労働者の月収の4倍にあたる。

楊さんは中国の農村部出身で、地元の中学を卒業して近くの工場などで働いていた。給料も良かったというが、その暮らしを捨てて日本に来たのには理由があった。中国の生活水準が上がり、取り残されないために日本で必死に稼いでいるというのだ。

中国人研修生・楊さんの故郷の海門市
中国人研修生・楊さんの故郷の海門市

上海から北へ100キロほど行った太倉港から船に乗って約30分、対岸に広がる町が楊さんたちの故郷・海門市だ。人口は約100万人の発展著しい上海近郊の町だ。

楊さんの実家はその街の郊外。広々とした田園地帯の中に建つ自宅には両親と楊さんの一人息子・家明(9)くんが暮らしている。家は改築工事の真っ最中で、工事にかかる費用は両親と楊さん夫婦で折半した。この地域も10数年前は藁屋根ばかりで、2階建ての家も全然なかったというが、今では平家建ての方が少ない。

楊さんの両親と息子の家明くん
楊さんの両親と息子の家明くん

市場では、川でとれるカニも畑の野菜も値上がりしている。賃金も上がったが物価も上がり、一番苦しいのは楊さんの母親のような農家の人たちのようだ。

一方で楊さんが働く小当見町は、この10年間で人口の3分の1に当たる33人が減少し、小学校も中学校も廃止された。その過疎の町が、皮肉にも中国で今一番発展著しい町とつながっている。

家族と話すため、この1年に使った国際電話用のプリペイドカード
家族と話すため、この1年に使った国際電話用のプリペイドカード

洪さんが見せてくれたのは、この1年に使った国際電話用のプリペイドカードだ。徹底した節約生活をしていても、一番聞きたいのは娘の声。これだけは節約できない。

「電話で娘に幼稚園のことを聞いたり、歌を歌ってもらったり…。でも娘は私の顔を知らないの。故郷を出た時は、まだ1歳半だったから」

工場の壁には子どもの写真が飾られている
工場の壁には子どもの写真が飾られている

「お金がほしい。家を建てたい」と言い続けてきた彼女たちだが、大変な生活に耐えてきたのは家族のためだった。

自分の子どもの将来のために、身を粉にして働く

1月1日、楊さんは起きてすぐに息子の家明くんに電話をかけた。

「ちゃんと真面目に宿題やるのよ、他の人も勉強しているんだからね。勉強したらパソコンを買ってあげるから。出稼ぎに来ているのは、全てあなたのためなのよ」

3人はそれぞれ自分の子どもの将来のために、身を粉にして働いてきた。子を思う母、それは世界中どこでも同じだ。

三が日も明けない1月3日には、母たちの1年がもう始まっていた。新年早々ミシンに向かった楊さんたちは、昨年やり残した仕事から片付け始めた。

風邪を引いた社長のために重湯を届けた
風邪を引いた社長のために重湯を届けた

夕方になると、楊さんは風邪で寝込んでいた山口社長のため、砂糖入りの重湯を作り始めた。海門市の家庭では風邪の時によく食べるという。美味しいと喜んで食べた山口社長は、もう1つの近未来を感じていた。高齢者ばかりが住んでいる過疎の村には、いずれ介護も外国人に頼る時代が来るのかもしれないということをだ。

そして待ちに待った給料日。彼女らの月給は約10万円で、まさに汗と努力の結晶だ。きくゑさんは給料袋を3人に手渡すと、さらに「今度はこれ、奥さんのお気持ち」と温かそうな靴下も渡した。

3人を娘のように思い、毎月心ばかりの品を添えるきくゑさん。しかし研修生が働く職場によっては、トラブルも少なくないという。

外国人技術研修生制度でトラブルが起きることも

“外国人技術研修生受け入れ”のシステムは独特だ。まず研修生を求める日本側の中小企業は、受け入れ機関として協同組合を設立。一方、研修を希望する中国人は、送り出し機関である対外経済貿易公司に登録。協同組合の要請を受け、互いに条件が合えば日本にやってくる仕組みとなっている。

“外国人技術研修生受け入れ”のシステム
“外国人技術研修生受け入れ”のシステム

昨年の夏、福井市内の公民館ではこんな光景が繰り広げられていた。現金を配っているのは外国人研修生を支援する市民団体のメンバー。60人の中国人研修生に対し、1人あたり6万円前後配っていた。

実は研修生を受け入れた協同組合が、管理費という名目で手数料を徴収。手数料を取るのは禁じられていることから、支援団体が交渉して取り戻していたのだ。こうしたさまざまなトラブルを解決してきた団体の事務局長によると、研修生制度には本質的欠陥があるというのだ。

「“研修制度”というのは、最初から『技術の移転』ではなく『単純労働力の受け入れ』です。『単純労働力は受け入れない』という建前が政府にあるので、それをごまかすための制度なのです。労働者としての保護政策をとることをしていれば、今まで僕らが関わったような問題はほとんど起きなかったと思います」

外国人技術研修生・技能実習生の問題は2007年2月の国会でも議論され、厚生労働省は現在の3年間の期間を5年に延長。また最低賃金を日本人の高卒初任給程度に引き上げるという基本方針を打ち出した。

日中の利害が一致して紡ぎ出された“互恵の糸”を作り変えようとするのは容易なことではない。高卒並みの給料を支払うことになると事業が成り立たず、将来的には廃業する企業も出てくる可能性があるのだ。

日本人ではとても縫製で生き残れない

5月初め、山口社長は田植えを始めた。

「もし彼女らがいなかったら、やっぱりできませんね。この縫製っていう仕事はもうできないですよ。日本人ではとても縫製では生き残れないと思う」

この米が実るころには次の研修生が働きに来ている。3人が故郷へ帰る日まであと3カ月を切った。

 日本と中国、二つの国をつなぐ糸はこれからどうなっていくのだろうか。工場には、この日もミシンの音が響いていた。

(第16回FNSドキュメンタリー大賞受賞作品 「『互恵』の糸〜山里の中国人研修生を追って」福井テレビ) 

2009年7月に改正「出入国管理及び難民認定法」が公布され、その1年後に新しい研修・技能実習制度が施行。それまでの1年目は、研修生という立場で労働関係法令の適用外だったが、改正後は1年目から適用される形となった。研修生・技能実習生の法的保護及びその法的地位の安定化を図るための様々な措置が講じられた。

また2017年11月には、外国人の技能実習の適正な実施と技能実習生の保護を図るために、新たな法律が施行された。

福井テレビ
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