最大震度7を観測した今回の地震。
イオンモール熊本では爆発とみられる事故が発生。
駐車場に止まる車に吹き飛んだがれきが直撃していました。
5人が死亡した製紙工場の現場では、懸命の救助活動が行われていました。
最大震度7を観測した今回の地震。
その瞬間をドライブレコーダーが捉えていました。
トラックが大きく弾むほどの激しい揺れ。
今回の熊本地震では、県内各地で甚大な被害が出ています。
爆発が発生したイオンモール熊本では、3人の死亡が確認されました。
地震発生から丸1日、被害の実態が次々と明らかになっています。
震度5強を観測した熊本市中央区にある居酒屋は、その瞬間、普段通りの日常が一変しました。
大きく揺れたのは、約30秒。
店内にある水槽からは水が勢いよく飛び出し、棚から瓶が何本も落ちています。
この揺れでも震度5強です。
震度6強の揺れをとらえた熊本・八代市の映像。
住民は車につかまり、洗濯物も激しく揺れています。
住民:
初めての経験、あれだけ揺れたのは。(車に)つかまっていてもどうにもならん状態でしたね。
そして、震度7の瞬間をとらえた熊本・氷川町の映像。
運転手の車が大きく揺れると、対向車のトラックが思わず急停車。
タイヤが浮かび上がるほどバウンドしています。
28日午後4時27分に発生した地震で、最大震度7を観測したのが熊本・宇城市と氷川町。
震度6強を熊本市南区、八代市、宇土市、美里町、益城町で観測しました。
気象庁は「令和8年熊本地震」と命名。
地震に名称がつけられたのは、2024年元日に起きた能登半島地震以来となります。
震度7の地震に襲われた宇城市。
斜めに傾いた住宅は、鉄筋がむき出しになっていました。
市内では死者が出る被害にも見舞われました。
1階部分から完全に崩れてしまった住宅では、当時1階にいた高齢男性が下敷きになり亡くなったということです。
同じような光景は隣の氷川町でも見られました。
空から見ると、街の至る所で住宅が倒壊。
何軒もの住宅が完全に崩れていることが分かり、多くの隊員が救助に当たっていました。
震度6強を観測した八代市では、地震で橋が折れてしまっていました。
つなぎ目で上下にずれた高速道路は、広い範囲にわたって通行止めに。
車が1台も通らない高速道路で止まっていたのは、1台のタンクローリーです。
よく見ると、進行方向とは逆方向を向いて止まっています。
なぜこうなったのでしょうか。
角度を変えて上から見ると、その理由が明らかに。
タイヤの跡が見え、恐らく下り線を走っていたところ、真ん中の分離帯を越えて逆車線、上り線に入り込んだ模様です。
そして、八代市で甚大な被害が出ているのが日本製紙八代工場です。
工場の中にある煙突は完全に折れていてました。
ほかにも折れた煙突が確認でき、折れた先端部分は敷地内に飛び込むように、下のほうを向いて倒れています。
警察庁が公開した映像では、自衛隊員らががれきを掘り起こし、救助活動を行う様子が確認できます。
熊本県によりますと、工場内には一時11人が閉じ込められ、7人が救助されましたが、5人の死亡を確認。
残る4人の安否については分かっていません。
そして29日、榎並大二郎キャスターが取材したのは、爆発のあった嘉島町のイオンモール熊本です。
立体駐車場に向かう部分から建物が大破しているのが分かり、向こうの景色が見えてしまうほど、建物が骨組みだけになっていました。
イオンモール熊本は地元では「クレア」と呼ばれ、28日も多くの客でにぎわう中、地震が起きました。
ほとんどの客が避難を終えて、事態が一変したのは地震発生から約1時間後。
数百メートル離れた場所にも届いた爆発音。
おびただしい数の破片が飛び散りました。
イオンモール熊本の従業員は当時、避難を終えて、建物近くの車の中で爆発を感じたといいます。
イオンモール熊本の従業員:
車に乗っていても大きい地震が来たと思うぐらいの音と、心臓に響くような音。
熊本県警が捜索した施設内の映像を見ると、2階部分ではケーブルが至る所で垂れ下がり、上を見ると、天井が抜けて空が見えていました。
イオンモール熊本では、これまでに女性3人の死亡が確認されています。
そして29日午後、イオンの社長が会見を開き、謝罪したうえで、亡くなった3人と安否不明の3人は全員従業員と説明しました。
イオン株式会社取締役 代表執行役社長・吉田昭夫さん:
ご遺族の皆さまに、深く深くおわび申し上げます。このような爆発が起こるということは、我々想定しきれませんでした。(いままで)供給ガスによる事故というのはございませんでした。東北震災の時もございませんでした。
熊本県全体では12人が死亡、心肺停止は6人で、4人の安否が分かっていません。
イオンモール熊本は20年以上にわたって地域住民の皆さんに愛されてきました。
ただ買い物をするための場所だけではなく、ご家族が、友人が、知人が働く場所として、まさに嘉島町のホームとしてそこにありました。
ただ、そこが28日の爆発によって一瞬にして奪われてしまいました。
3人の方が亡くなり、そして今も3人の方の安否が分かっていない状況です。
規制線の先では自衛隊、警察、消防による懸命の捜索活動が続けられています。
取材中に3人のお子さんを育てるお母さんにお話を伺いました。
おむつを持ったままインタビューに応じてくださいました。
28日は揺れへの不安から車中泊をご家族でされたそうです。
5歳ほどの娘さんは後部座席で横になったそうですが、よく眠れず、「地震はなくなってほしい」とつぶやいていました。
被災地を苦しめているのは揺れだけではありません。
29日、熊本県は最高気温35.1度と猛烈な暑さとなり、移動中もアスファルトからかげろうが立ち上っていました。
今、午後6時になってもまとわりつくような暑さに見舞われています。
10年前の熊本地震では、災害関連死も大きな課題として残りました。
どうか、この暑さへの備え、そして揺れへの備え、両方の備えで自分の命、そして大切な人の命を守ってください。
