反故にされた「約束」

イスラム過激派組織タリバンがアフガニスタンを実効支配してから2カ月半が経過した。

タリバンは国際社会に対し、自らを「アフガンの正当な代表」としてアピールすべく、「女性の権利はイスラム法の範囲内で保証する」「女性も就労できる」「女子も学校に行くことができる」「誰に対しても報復しない」「全てのアフガニスタン人の安全は保証されている」「包括的政府を作る」などと数々の「約束」をしたが、それらはことごとく反故にされているのが現状だ。

「貧困」と「無力感」へ抗議するアフガニスタンの女性たち(2021年10月26日)
「貧困」と「無力感」へ抗議するアフガニスタンの女性たち(2021年10月26日)
この記事の画像(5枚)

首都カブールの女性公務員はほぼ全員が仕事を奪われ、「女子トイレの清掃」といった女にしかできない仕事のみが許されると市当局は発表した。ほとんどの地域では女子に許されているのは小学校への登校のみで、中学、高校への通学は禁じられたままである。

大学に行く権利、仕事をする権利を訴える女性たち
大学に行く権利、仕事をする権利を訴える女性たち

女性警官や女子スポーツ選手の他、旧政府関係者や同性愛者などが拘束されたり惨殺されたりしているという報告も相次ぎ、アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウオッチなどの国際人権NGOはタリバンが少数派ハザラ人から家屋や畑を奪い強制移住させていると報告している。タリバンはイスラム教スンニ派であり、ハザラ人はシーア派だ。

統治能力の欠如

問題はこうした人権侵害だけにとどまらない。タリバンにはそもそも、統治能力というものが完全に欠如している現実も明らかになってきている。

タリバンはアフガンを「占領」する米軍に対する憎しみを煽り、米の傀儡政権である旧政府の腐敗・不正を強調し、暴力とテロを武器に「敵」を倒してアフガンの実効支配に至ったものの、今や4000万人のアフガン国民を守り、衣食住を確保し、インフラを整備してその生活を支え、経済を立て直して国を再建しなければならない責任を負う立場に立たされている。

しかしタリバンにその能力がほぼ完全に欠落していることは、末端のタリバン兵たちも証言している。彼らは米軍を追放し米の傀儡政府を打倒するための「ジハード」に参加すべくタリバン入りしたものの、タリバンからはほとんど給与をもらえず日々の食料にも事欠く状況に置かれている。役人や教員にも給与が支払われない状況が続き、これもアフガンで教育が滞っている一因となっている。

世界最悪の人道危機

国連の世界食糧計画(WFP)は、4,000万人いるアフガン人の95%が十分な食事を得られておらず、半数以上にあたる2280万人が深刻な食糧不足に直面しており、世界最悪の人道危機に陥っていると警告している。

国連難民高等弁務官事務所の支援物資を待つ避難民
国連難民高等弁務官事務所の支援物資を待つ避難民

苦境に立たされたタリバン政府が10月末に発表したのが、「小麦で仕事を」という「失業キャンペーン」だ。これは水路の建設や掘削作業などの肉体労働と引き換えに小麦を渡すというもので、全国の主要都市で展開され、数万人を「雇用」する予定だという。タリバン政府当局は「失業対策のための重要な一歩」と胸を張るが、「雇用」とは言っても労働者に賃金は一切支払われない。対価は小麦のみである。

治安維持も「無能」

タリバンは治安維持においても「無能」であることを露呈させている。

8月末の米軍撤退直前には首都カブールの空港で自爆テロが発生し、180人以上が死亡した。10月には2週連続でシーア派モスクが自爆テロの標的となり、多数の死傷者が出た。いずれも実行したのはタリバンと反目する「イスラム国」だ。

アフガニスタンの空港で発生した自爆テロにより多数の犠牲者が病院に運び込まれた(2021年8月)
アフガニスタンの空港で発生した自爆テロにより多数の犠牲者が病院に運び込まれた(2021年8月)

アフガニスタンでは2015年から「イスラム国」の支部である「ホラサン州」がテロ活動を展開している。戦闘員数は現在4000人ほどと見積もられているが、そのうち約半数はタリバンが政権をとった際に「解放」されたか脱走したメンバーだとされる。タリバンの「おかげ」で勢力を倍増させた「イスラム国」は、8月以降アフガンで既出の自爆テロを含め既に40回近く「作戦」を実行している。

「イスラム国」は「作戦」の犯行声明で、タリバンの検問を容易に突破できたと度々強調しタリバンの「無能」を嘲笑しているだけでなく、タリバンは中国政府の反イスラム政策に協力してウイグル人迫害に手を染めている、タリバンは米軍と協力しているなどと批判し、タリバンのことを「背教者」と非難している。

タリバン政府は「イスラム国」は長続きしない、自分たちだけで十分対処可能でありアメリカと協力するつもりなどないとその脅威を過小評価しているが、治安の悪化は止まらない。10月末に公開された「イスラム国」の週刊誌『ナバア』は、1週間のうちにアフガンだけで215人の「敵」を死傷せしめたと報告している。

食糧難、経済難、そして治安悪化のいずれも、その直撃を受けるのはアフガン国民だ。アフガン国民の窮状を救うには、タリバンが罪のない人々に暴力を働く残虐非道な過激派組織であることだけでなく、その「無能さ」についても、国際社会が理解を共有する必要がある。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。