菅政権がスタートして1か月が過ぎた。教育行政ではコロナ対策や教育デジタル化など課題が山積みの中、その司令塔として2期目を迎えた萩生田光一文科相に、教育の未来に向けた覚悟と決意を聞いた。

萩生田光一文科相 内閣官房副長官、自民党幹事長代行を経て現職 当選5回
萩生田光一文科相 内閣官房副長官、自民党幹事長代行を経て現職 当選5回
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コロナ禍の高校生に大学は受験の工夫を

――今年度は大学入試改革元年ですが、改革によって子どもの学びにどのような変化を期待されていますか。

萩生田氏:
大学入試改革は、高校までに育成した学力を大学入試で多面的総合的に評価して、高校まで培った力を大学でさらに発展させるものです。そのために大学入学共通テストでは、思考力や判断力、表現力等を中心に評価するために、例えば社会生活の中で課題を発見し解決する方法を構想するなど、マーク式問題の工夫改善がなされています。

――しかしコロナによる休校などで受験生は苦境に立たされています。

萩生田氏:
まさに本来でしたら今年度が入試改革元年だったのですが、コロナ禍で高校生たちが本当に苦労しています。ですから私は、こういう時こそ各大学がアドミッション・ポリシーに基づいて、どういう学生を自分の学校に入学させたいのか、力を発揮してもらいたいと思っています。

本当は各大学が入試日程をもう少し余裕をもって考えてくれるかなと思っていたのですが、残念ながらそこにいたりませんでした。本来の紙ベースの試験だけではなく、面接などを重視してもらえないか、あるいは高校3年間の様々な実績を主体的に評価してあげられないかとお願いしたのですが。

大学はこういう時こそ力を発揮してもらいたい
大学はこういう時こそ力を発揮してもらいたい

なぜ大学は対面授業の再開をできないのか

――大学ではいま対面授業の再開の遅れによって、キャンパスにいけない学生の一部がうつになっていると聞いています。

萩生田氏:
大学がいまどのような状況にあるかといいますと、私は一生懸命声を枯らして『オンラインだけではなく対面の授業も再開して欲しい、もちろん感染拡大に配慮しながら』と申し上げているのですが、なかなか対面授業の数字が上がってこないんですね。

特に大学1年生などは故郷を離れて1人でアパートなどを借りて新生活を始めたにもかかわらず、今まで1度もキャンパスに行ったことがないですとか、まだ大学の友達が1人もいないとか、勉強以外のことで非常に心を痛めている学生さんがいます。

こういう学生たちが修学を諦めることはあってはならないので、各大学とも連携してやっていきたいと思っています。

――文科省では後期授業の対面の割合が3割以下と回答した大学を対象に、改めて対面とオンライン授業の比率などを再調査すると発表しました。

萩生田氏:
大学の様々な協会に対面授業をお願いすると理解はして頂くのですが、「対面とオンラインの授業の合間で待つ教室がない」「Wi-Fi環境が整っていない」ですとか、「一部の教授陣から『自分たちが感染したらどうするんだ』と学長が言われて決断できない」という話も聞いております。

私は「そんなに感染拡大防止に配慮するといって大学に学生を呼ばないのに、何千人も受ける受験は学校のキャンパスでやるんですか?受験では感染防止にどう配慮するのか考えるのに、授業は後期からできないのですか」ということを申し上げたところです。

受験は感染防止を配慮するのに授業はできないのか
受験は感染防止を配慮するのに授業はできないのか

――受験も授業も感染防止に同様の配慮が求められます。

萩生田氏:
ここは大学が果たす役割というのを、もう一度各大学関係者も一緒になって考えて頂きたい。小学校、中学校、高校が感染防止に配慮しながら授業の再開が出来て、最高学府の大学が全くできないというのが私はちょっと納得できません。学生たちも違和感を覚えているし、このままだと大学を辞めてしまう可能性が出てくるのではないかと心配していますので、この点をさらに努力したいと思っています。

年次が大学院卒の価値を上回る社会を見直す

大学では大学院、博士課程まで進む学生が減少傾向だ(*注)。大学院を出ても社会的に認められない、メリットがないというのが課題として考えられている。

(*注):「中央教育審議会大学分科会 大学院部会(第81回)大学院の現状を示す基本的なデータ」より)

――大臣はこの点、どうお考えですか?

萩生田氏:
修士から博士課程に進む学生さんが国内でどんどん減っているのは大きな問題だと思います。毎年のようにノーベル賞にエントリーされてきた国として、科学技術分野も含め専門性の高い若い研究者を切れ目なく育てていくことが我々の大きな課題だと思っています。

ところが大学院まで出て民間企業や役所に入ったとしても、学んだ分野の評価ではなく、社会に出るのが遅くなっているという年次主義でやっている。これは少し見直していかなければいけないと思っています。

――いまの社会では年次が修士や博士の価値に勝ると。

萩生田氏:
実は文科省にも博士号をもつ職員がたくさんいますが、入省年度が同世代より遅くなるので結果的に定年までの時間が短くなり、管理職でいられる時間が少なくなってしまうという問題があります。国家公務員になったとしても、その専門性を発揮できないまま終わってしまう人が、いままでも大勢いたと思います。

専門的な勉強をしてきた人たちをその分野にもう一度戻して力を発揮させたり、あるいは大学院卒のカテゴリーを霞が関でも確立する。例えば研究者として頑張ってきたけれど、研究者の後方支援に回りたくて文科省に入省した職員のマインドを、もっと人事で活かせるようにチャレンジしたいと思っています。

年次主義が修士や博士の価値に勝るのは
年次主義が修士や博士の価値に勝るのは

――大学院では日本人学生が減る中、外国人留学生の受け入れは増加傾向です。

萩生田氏:
大学院で学んでいられる海外からの留学生が大勢いることは、将来的に日本のためになると私も思います。現行の留学生制度は昭和20年後半に作られたもので、国内で大学進学、あるいは大学院に残るという選択をする人たちが少なかった時代に、後進国を中心とした留学生に日本で学んでもらおうと始まった制度だったと承知しています。

海外留学生の受け入れに対するアプローチが、時代とともに違ってきていると思います。外国人には手厚い支援がある一方で、日本人の子どもに対してはないという指摘もあります。一連の仕組みを時代に合うように目指してみたいと思っています。

9月入学は小中学校と高等教育を分けて考える

――今年大議論となった9月入学についてはどうお考えですか?

萩生田氏:
現行の制度で大学は9月から入学できるわけですから、各大学の判断でどんどん進めたらいいと思っています。この春の9月入学の大議論は、恒久的な制度を直ちに導入しようというわけではなくて、仮にコロナが続いて1学期がすべてなくなる、2学期の授業が再開できなくなるというシミュレーションとして、卒業時期や次年度の入学時期をずらすことを考えないといけないと始まったものでした。

ところが、我々は慎重にやったつもりでしたが、「半年遅れる9月入学なんてナンセンスだ」という意見や、「これが制度化されるといま未就学の子どもたちが分断されてしまう」という大きな批判の声が出てしまいました。

――確かに当初はコロナへの対策だったのがどんどん議論が拡散しました。

萩生田氏:
いま教育再生実行会議では、小中学校や幼稚園の議論はゆっくりやり、高等教育は現状でもできるわけですから、これを国際スタンダードに照らしてみて本当にいいのかどうか、各大学で考えてもらったらどうかと分けて考えています。

ですから将来すべての入学を9月に移行するかどうかは全く分かりませんが、大学は4月入学と9月入学は両方選択できる世の中にしていいのではないかと思います。その方が留学生の受け入れも増えるだろうし、日本からも留学しやすくなると思うので、高等教育段階では柔軟に対応したらどうかと思っています。

大学は4月と9月入学の両方選択できてもよい
大学は4月と9月入学の両方選択できてもよい

合理性だけを追求すると子どもの道を間違える

――では最後に任期中に日本の子ども達のために「これだけは絶対にやっておきたい」というものがあればお答えいただけますか。

萩生田氏:
言い出したらきりがないんですけど(笑)。久しぶりに2期続けて文部科学大臣をやらせて頂くことになりました。特に就任の1年目で大学入試については、今までの積み上げを1回止めて考えさせて頂くことにしました。より良いものにして次の世代にバトンタッチしなければいけないと思っていますので、慎重にしっかりやっていきたいと思います。

また先程話したGIGAスクール構想や少人数学級を含めて、日本の教育の景色が変わることになると思います。この時代にしっかり目安を付けていきたいと思っていますし、GIGAスクール構想で整備された教育環境をどう発展的に使っていくか、新たなメニューを作らなければいけないと思っています。

――政府は教育のデジタル化を加速する方向ですね。

萩生田氏:
もちろんデジタル化社会に対応できるとか、必要な行政改革を怠らずやるというような基本的な姿勢は私も守っていきたいと思いますが、要は子どもたちを育てるということは、単純に計算できるようなものではなくて、思いがけないことがあったり、予想をはるかに超える成長があったり、そして、時にはすごく労力を要することもあると思います。

ですからその大切さ、そして尊さを外に向かってしっかり発信していかないと、合理性だけを追及されるような教育が公教育に入ってきてしまうのですね。それは子どもたちの道を間違えますので、しっかり道標を示していきたいと思っています。

合理性だけを追求すると子どもの道を間違える
合理性だけを追求すると子どもの道を間違える

先生にもう一度元気とやる気を取り戻してもらう

――東京オリパラの来年開催に向けてはいかがですか?

萩生田氏:
1年遅れた東京オリンピック・パラリンピックはなんとしても成功させたいと思っています。そして今後も、コロナのような感染症はきっとあるでしょうから、こういう中でどうスポーツに取り組むかを、世界に向けてお手本を示すような日本の取り組みを発信していきたいなと思っています。

――今回のインタビューでは子どもを中心にお話を伺いましたが、教員の働き方改革も重要ですね。

萩生田氏:
先生という職業は、その人との出会いが子どもたちの人生を変えるくらい尊い仕事だと思っています。憧れの職業であり続けるためには、「長時間労働だから先生だけはやめたほうがいい」と就職の相談会でいわれることのないような環境をこの機会に作っていかないといけません。

教員志願者が減っていくことに大きな危機感を持っていますので、改革しながら先生たちにもう一度元気とやる気を取り戻してもらう。そういう教員像を作っていきたいなと思います。

――ありがとうございました。

先生にもう一度元気とやる気を取り戻してもらう
先生にもう一度元気とやる気を取り戻してもらう

インタビュー後記:
萩生田文科相は今月、平井デジタル相、河野行革相と教育のデジタル化について意見交換を行い、その後の会見で、すべての授業をオンラインで代替できるとは考えていないと強調した。

これをうけて一部報道は、萩生田氏はオンライン授業に否定的だと伝えたが、このインタビューを読めばその真意が違うことがわかるだろう。萩生田氏はデジタル化が教育の手段ではなく目的になることを懸念しているのであり、デジタルをどう教育に活用すべきかを熟慮しているのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
【撮影:山田大輔】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。