長崎くんちの本踊で半世紀以上にわたって長唄の演奏、指導に携わり、108歳で亡くなった松永鐡文歌 師匠の告別式が9日に長崎市の斎場で営まれました。
旅立つ師匠に17人の弟子が長唄を送ります。
松永鐡文 歌師匠は、戦後間もない1948年に長崎くんちに三味線で初めて出演し、その後、演奏と指導で80年近くにわたり、本踊を支えてきました。
松永鐡文歌 師匠(当時95)
「これでいいということがない。人間のすることだから。何かミスはある。それを(弟子に)やらせたくない。何とかしようと思う。欲ですね、欲」
告別式には約120人が参列し、地方の第一人者に別れを告げました。
八世 松永忠五郎 家元
「鐵文歌さんが長崎の邦楽界に大きな足跡を残され、慕われていた」
鐡文歌師匠の弟子 松永鐡文織さん
「『先生、ここが分からないです』『先生ここどうしたらいいんですか』とたずねたら、きちんと的確にアドバイスしてくださる」「偉大な師匠でもあるし、カリスマ性を持ったリーダーシップが取れる先生だった」
長崎くんち本踊で共演 花柳寿々初師匠
「踊場で先生のそばに引っ付いていたいと思っていた。うれしかった一緒に立ってくださったのが。最後のときに」「私は踊り手、先生は地方。三味線がなかったら踊りは踊れないから2人がいつも一緒じゃないとダメなんだって」「だから9日も『いってらっしゃい』だった」
鐡文歌師匠は2月5日に親族や弟子に囲まれながら、静かに息を引き取ったといいます。
最後は長崎の料亭文化でお馴染みの「送り三味線」でくんちの功労者を粋に送りました。