福の神様を祀るえびす神社の総本山、西宮神社で行われる恒例の「開門神事福男選び」が、今年も10日に行われる。

去年「一番福」を授かったのは当時高校2年生の大岸史弥さん。この1年、大岸さんにどんな「福」が訪れたのか、特別な1年を振り返ってもらった。

■「福男の人ですか?」街で声をかけられた特別な1年の始まり

令和7年西宮神社一番福・大岸史弥さん(18):

福男になってから、私の周りの環境は大きく変わりました。特に最初の頃、2月くらいまでは、街を歩いていると「福男の人ですか?」と声をかけてくださる方がちらほらといらっしゃいました。部活の行き帰りなど、普通に道を歩いている時に声をかけられるのです。写真撮影をお願いされることもありました。

大岸史弥さん(18)
大岸史弥さん(18)
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■学校には「懸垂幕」も

学校での反響も大きかったです。福男になった翌日に登校すると、みんなが「おめでとう」と祝福してくれました。その日は偶然、学校の集会があり、全校生徒の前で一言スピーチをする機会もありました。

さらに驚いたのは、学校が私のために懸垂幕を作って掲げてくれたことです。正面玄関に、です。福男になって1、2カ月経った頃だったでしょうか。「祝 西宮神社 一番福 大岸史弥」と書かれた懸垂幕が掲げられました。

学校に掲げられた懸垂幕
学校に掲げられた懸垂幕

■福は自分よりも周りの人へ 友人、姉、祖母に訪れた幸運

「福男になったのだから、良いことがたくさんあったでしょう?」とよく聞かれます。確かに、私自身にも幸運はありました。高校3年生は受験の年でしたが、陸上のスポーツ推薦で大学に合格することができました。

部活動のやり投げでも、県大会で13位という自己最高成績を出すことができました。福男になる前の最高成績が県で10何位とかだったので、少しご利益があったのかもしれません。

しかし、福男の「福」は、自分自身のためだけにあるのではないようです。福男は「周りに福を渡す」存在だと聞いていましたが、まさにその通りで、私以上に周りの人たちにたくさんの良いことがありました。

例えば、友人たちは次々と志望校に合格しました。もちろん、それは彼ら自身の努力の賜物ですが、合格が決まると「福男のおかげや」と言ってくれました。

「一番福」になった直後の大岸さん
「一番福」になった直後の大岸さん

■なかなかチケットが取れない「人気アイドル」のライブに当選 家族にも福が訪れた

私の家族にも福が訪れました。姉は、なかなかチケットが取れない人気アイドルのライブに当選しました。姉は大学にも合格し、「今年はいいことありすぎるわ」と喜んでいました。

そして、何より嬉しかったのは、病気を患っていた祖母が回復し、今ではすっかり元気になったことです。

自分のこと以上に、大切な人たちが幸せになってくれること。それが、福男として得た一番の「福」だったのかもしれません。

■「全然福が来ない…」福男になった直後に訪れた「彼女」との別れ

しかし、良いことばかりが続いたわけではありません。実は、福男になった時にはお付き合いしていた方がいました。彼女も、彼女のご家族も、私が福男になったことをとても喜んでくれました。ですが、その数カ月後、4月頃にお別れすることになってしまったのです。福男になった直後の出来事だったので、正直なところ「全然、福が来ないじゃないか」と思いました(笑)

もともと、私は自分のことを運が良いと思ったことはありませんでした。おみくじを引いても、周りが大吉ばかりの中で自分だけ吉だったりして、むしろ運は悪い方だとさえ思っていました。

大岸史弥さん(18)
大岸史弥さん(18)

■信号がすべて青に...小さな幸運が教えてくれた、ポジティブな心の持ち方

別れという悲しい経験はありましたが、福男になったことで、私の内面には大きな変化がありました。

以前はどちらかというとネガティブな性格で、「やってもどうせミスするだろう」と考えてしまい、新しいことに挑戦するのをためらいがちでした。

しかし、福男になってからは、物事をポジティブに捉えられるようになったのです。
きっかけは、ささいな出来事でした。

ある日、友人と遊ぶ約束に遅れそうで、待ち合わせ場所まで走っていた時のことです。いつもなら赤信号で止められる交差点が、その日に限ってすべて青信号で、一度も止まることなく走り抜けられたのです。

その時、「ラッキー。俺、運がついてきてるな」と、心の中で思いました。

本当に小さなことですが、この経験が私に自信を与えてくれました。「自分は運がいいのかもしれない」と思いながら生活することで、自然と前向きな気持ちになれたのです。

それからは、「やってみて、できなかったらそれでいい。できたら続けよう」と考えられるようになり、いろんなことに挑戦するようになりました。

陸上部でも、専門のやり投げだけでなく、円盤投げという新しい種目に挑戦しました。楽しそうだったからです。

福男という経験が、私に前へ踏み出す勇気をくれたのだと思っています。

大岸史弥さん(18)
大岸史弥さん(18)

■部活の友人たちと参加 抽選に当たったのは自分だけ

そもそも私が福男選びに挑戦したのは、部活の友人に誘われたのがきっかけでした。
友人3人と「一緒に行こう」と約束し、4人で参加しました。私にとっては初めての挑戦でした。当日は夜9時頃に神社へ行き、まずは参加に必要な整理券をもらいました。その後、深夜12時から抽選が始まり、幸運にも私だけが走る権利を手にすることができました。

一緒に来た友人3人は外れてしまったので、彼らの分も背負って走るという気持ちでした。走る前、4人で「一番福になったら、もらえる品はみんなで山分けやな」と冗談で話していたのですが、それが現実になりました。

昨年の様子
昨年の様子

■一番福には米、お茶などたくさんの「下がりもの」が

一番福になると、お米60kg、お茶1年分(私が未成年だったためビールの代わり)、そしてカニ2kgなど、たくさんの「下がりもの」をいただけます。約束通り、一緒に来てくれた3人にはお米を10kgずつ「おすそ分け」しました。お茶も学校でみんなに配りました。友人からは「どんだけ家にお茶あんねん」とからかわれましたが(笑)

カニは家族みんなでお鍋にして、美味しくいただきました。

神様からの「下がりもの」
神様からの「下がりもの」

■2026年も挑戦

2025年は、私にとって忘れられない1年となりました。

そして、2026年も、もちろん福男選びに挑戦します。去年一緒に行った友人たちと、再びあの場所に立つつもりです。

一番福になったからといって、優先権のようなものはありません。また一から、抽選からのスタートです。神様の前では、誰もが平等なのです。

「福男神事」のルート
「福男神事」のルート

■「一番福」が伝授する転ばないためのアドバイス

最後に、これから福男選びに挑戦する方へ、私から少しだけアドバイスを送らせてください。

走る時は、後ろからどんどん人が詰めてくるので、転ばないための体幹が非常に重要です。また、コーナーを曲がる時は滑りやすいので、石畳の上ではなく、土や砂利の部分を走る方が転びにくいと思います。

そして、最後の難関は、本殿に駆け込む最後の坂です。この坂はかなりでこぼこしていて、ここでつまずいてしまう人が多いので、最後まで気を抜かずに走り抜けてください。私もまた、一番福を目指して全力で走ります。

(取材・構成 関西テレビ記者 堀田篤)

大岸史弥さん(18)
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関西テレビ
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