これまでに災害関連死を含め700人以上が犠牲となった能登半島地震の発生から今月1日で2年が経ちました。様々な感情で迎えた「1月1日」。地震や豪雨で大切な家族を失った人たちの今の思いを取材しました。
1月1日 午後4時10分
市民:
「賑わっている輪島朝市を今でも思い出しますんで…。またいずれそういう賑わいが戻ればと思いますけど。」
「集まる機会とか近所の方とお会いする機会は減っているので、こういった場でみんなで集えるというのは大切というかありがたいなと思います。」
輪島市でビルが倒壊し妻と娘を亡くした楠健二さん:
「2年だからっていうわけでもなんでもないんです。2年経とうが3年だろうが4年だろうがついこの間だから。突然、2人がいなくなるって言うのを、自分の人生で想定していなかったので…」
「仏壇の前でいつも会話しているけども、現実ここにいたからね、あの2人は。やっぱり、思い出すよね。いろんなことを。まだ全然、2年経とうが受け入れられていない現状があるのよ。もしかしたらあれは夢だったのって2年経ってもそうなの…」
穴水町で妻子5人を亡くした寺本直之さん(当時):
「みんないなくなってどうしようかと思って。伝える人がいないからつらいですよ本当にもう。」
寺本さん:
「空で見てるのか。お父さん来たよ…」
「一歩一歩進んではいるこの状況を見届けながら2026年はさらにもうちょっとね、前を向けるような状態でこの状態じゃないと思うので見届けていきたいなと。」
輪島市で開かれた犠牲者追悼式。遺族など377人が参列。
アナウンス:
「ご遺族を代表し中山真様よりお言葉を頂戴いたします。」
能登豪雨で姉を亡くした中山真さん:
「地震の約9カ月後、奥能登豪雨が私たちを襲いました。その別れは私たちから光を奪い去り、そしてあの時、危ないから一緒に避難しようと伝えることができていれば…」
「ラジオを通して私と同じく大切な人を亡くした悲しみを抱える方に、「あなたと一緒に乗り越えます」と寄り添いたい。」