学名ニッポニアニッポン。国の特別天然記念物、トキ。様々な人の懸命な努力で今、佐渡の空を舞うまでになり、いよいよ今年、能登の空を舞うことになります。そのトキの復活に人生をかけた男性の思いに迫りました。
学名・ニッポニアニッポン、『朱鷺色』とも呼ばれる美しい羽で、かつては日本全土で見られた国の特別天然記念物・トキ。そのトキがついに今年、能登の大空を舞うことになります。
加藤葵アナウンサー:
「石川県羽咋市です。こちらの場所で今年6月にトキの放鳥が行われます。」
その放鳥場所に決まった羽咋市で、トキと共に人生を歩んできた人がいます。
村本義雄さん:
「ここに生まれてここに育ったわけですから。カラスやスズメと一緒でした。トキがこの上飛んどるように。そんな珍しいというものじゃなかった。」
村本義雄さん御年100歳。一度は日本で絶滅したトキを復活に導いた第一人者です。
身近に居たはずのトキが少しずつ居なくなっていく事に危機感を抱いた村本さんは、まだ本州にトキが居た頃からトキの保護活動を始めました。
しかし村本さんの活動むなしく今から55年前、穴水町で捕獲された「能里」が死に、本州からトキが絶滅してしまいます。
その時を振り返り村本さんは、「残念。無念。田んぼに散布した除草剤という薬、田んぼに撒いたら草が根っこから枯れていくんだけど、その時に動物も一緒に死ぬとは気が付かなかった。」と話します。
時は、高度経済成長の時代。除草剤や農薬の大量使用に加えトキの美しい羽が乱獲につながり、絶滅を食い止めることができませんでした。
しかし、絶望の淵に居た村本さんに希望の光が差し込みます。
村本さん:
「日本のトキが絶滅して地球上にトキがいなくなったと思ったら、中国の奥山で7羽生き残っていることが分かって、なんとかして地球上に行き残させたいと。」
トキを残したい。その一心で何度も何度も中国に足を運び、トキの保護活動や研究を行います。そんな村本さんの尽力もあり、1999年、中国からトキのつがいが贈られ、その後、繁殖に成功。2008年には、ついに佐渡島でトキが野に放たれるまでに至ったのです。
その式典には、村本さんの姿もありました。
村本さん(当時):
「能登にもこんな日が来るんかな。トキが消えるまでずっと眺めていました。」
全国で飼育しているトキは徐々に増え、いよいよ本州でもトキを放そうという機運が高まりました。ところが、村本さんは、ある危機感を抱いていました。
村本さん:
「放したいのは、やまやまです。放しても餌がないと死んでしまう。元も子もない。」
以前、農薬や除草剤でトキが死んでしまった現実を目の当たりにしていた村本さん。ただ放鳥しても再び絶滅してしまうと、心配していたのです。
そこで石川県は村本さんと共に、トキが末永く生きていける場所作りを進めます。
加藤アナ:
「トキを放鳥するモデル地区にやってきました。」
地元の農家に協力を呼びかけモデル地区を能登に設置。その内の1つが今回、本州で初めてトキが放鳥される、羽咋市南潟地区です。
トキの放鳥に向け協力してきた農家の濱田さんです。
濱田さん:
「トラクターでおこしたところを走ってわだちをわざと作って、トキが餌を取れる環境づくりをしてます。」
トキの餌場を作るため、餌となるタニシやドジョウが生息しやすい「江(え)」を作り、農薬や除草剤を半分に減らした米作りも進めてきました。
濱田さん:
「このあぜも全部除草剤使っていなんです。」
加藤アナ:
「実際育てる側としてはどうですか?」
濱田さん:
「草刈りがすごい大変です。除草剤を使えば約1か月以上草の処理しなくていいんですけど、草刈りだと再生が早くて2~3週間でまた草刈りしなくてはいけないので、暑いときに草刈り大変です。」
こんなに苦労しながらも協力を惜しまない濱田さん。濱田さんには、トキへの熱い思いがありました。
濱田さん:
「負担は大きいけれども、トキがこの地にいついてくれれば生態系の維持に繋がると思って。大変だけど、協力しようと。」
能登の大空にトキが舞う日まであと半年。トキと共に生きてきた村本さんは、さらに先を見据えます。
村本さん:
「トキのおかげで私は今日まで生きてきたという認識はあります。放鳥式でトキを見たいなという気持ち。羽咋にいなくても能登に繁殖してくれればそれで成功ですよ。私はそういう日を願っています」