北朝鮮による拉致問題の解決が模索される中、横田めぐみさん(当時13歳)が拉致されてから48年の月日が経過した。帰国を待ち続ける母・横田早紀江さん(89)を宮司キャスターが取材した。早紀江さんは「よく帰れたねと抱きしめたい」と語り、娘の帰国を願い続けている。

横田早紀江さん語る娘への思い「よく帰れたねと抱きしめたい」

政権が変わり、日本に大きな変化があった2025年もあとわずか。
拉致問題解決の模索は今もなお続いている。

北朝鮮に拉致された娘・めぐみさんの帰国を願い、待ち続ける横田早紀江さん(89)に、宮司愛海キャスターが取材した。

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1977年、当時13歳。
中学生の時に北朝鮮に拉致された横田めぐみさん。

横田早紀江さん:
大事にしてきました。楽しい子だったし、本当にいつも二人で笑い転げてね。話してばっかりいた人がいなくなった。そのつらさはもう本当に言いようがない。

夫・滋さんとともにめぐみさんを捜し続ける中、大きな動きがあったのは、2002年。
小泉政権時代に5人の拉致被害者が帰国した。

しかし…。

横田早紀江さん:
(Q.めぐみさんは乗っていないと分かった上での出迎え)仕方がないですよね。そんな「嫌です」って言うわけにはいきませんからね。みんな同じように苦しんできた人たちですから。私たちも同じですけど、でも“よく帰ってきた”って。

家族会でたった1人の“親世代”となった89歳の早紀江さん。
48年もの月日、めぐみさんの帰国のために戦い続けている。

横田早紀江さん:
こんなばかなことをされていて黙っているわけにいかないぐらいみんな思っているんだと…。(Q.会えたとき一言目に伝えたいこと)“よく帰れたね”って言うでしょうねきっと。“よく帰れたね”って言ってあげたい。“本当によく頑張ってきたね”って。“命があったことはものすごい感謝だよね”って言って抱きしめてあげたいですね。それだけですね。それでもうこの世を去っていくんだったら何も思い残すことはない。返してもらえば、みんなが日本の土を踏めればもういい。それでもう終わりです。

宮司キャスターが感じた“思い”

宮司愛海キャスター:
今回、早紀江さんに直接お話を伺って、どこかで特別視していた自分がいたなと感じました。早紀江さんは特別に活動されている方というよりも、ずっとめぐみさんを思い続けている1人の母親であると改めて感じました。

私たちも実際に自分の過ごしてきた日常を急に奪われたらどんなに悲しいだろうと想像をしてみること、早紀江さんも2026年に90歳ということで、“自分ごと”としてもう1回、考えてみることが大切だと感じました。

――拉致問題をどう見てきた?
SPキャスター・金子恵美さん:
新潟市議会議員の時からめぐみさんの拉致現場に何度も足を運んでいますし、家族会の皆さんと署名活動のお手伝いをしてきましたが、いまだに早紀江さんが思っている「ひと目会いたい」ということが実現していないのはじくじたる思いです。新政権になって少しでも解決に向けて前進してほしいと思いますし、国民の皆さんには“自分ごと”としてこの拉致問題を捉えていただきたいなと思います。

(「イット!」12月25日放送より)

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