2025年に行われた陸上日本選手権の男子100mで名だたる選手と並び、決勝のレースに臨んだ1人の若きスプリンターがいる。「日本選手権の前と後で大きく変わったこととしては、より世界を目指せる視点が増えた」こう語るのは、早稲田大学3年の関口裕太だ。初の大舞台で表彰台に上った21歳の素顔に迫った。
新潟出身関口裕太選手「原点は高校時代」
埼玉県所沢市にある早稲田大学競争部の合宿所。
爽やかな笑顔で出迎えてくれたのは、新潟市出身で早稲田大学3年の関口裕太だ。入学したときから寮生活を送っているという。
部屋の中を案内してもらうと、比較的物は少ないが、思い出に残っている物は大切に保管しているようだ。そんな部屋の中に飾ってあったのが一枚の写真だ。
「卒業する3年生に向けてもらったもので、よく見ながら高校の時の思い出を思い返す。ここが僕の原点」

関口さんが原点と話すのは高校時代。同じ短距離界で新潟県記録保持者だった田村和宏監督のもと、新潟県の陸上の名門・東京学館新潟高校で走りの技術を磨いた。
当時から田村監督は「体の使い方がうまい、速く走るためのセンスがピカイチ」と関口の走りに一目を置いていた。
そんな関口は、高校3年時に田村監督の県高校記録を塗り替え、インターハイを制覇。
世代を代表する選手に成長した関口が進学先に選んだのが、田村監督の母校で陸上強豪校の早稲田大学だった。
自ら立候補し主将に「インカレ総合優勝へチーム引っ張っていきたい」
現在は早稲田大学競争部の112代目の主将として、約100人の部員をまとめる関口。伝統と歴史のある部の主将には、自ら立候補して就任したという。

「25年に日本インカレで早稲田大学が総合優勝を目指せる位置にいたものの、惜しくも手が届かず、自分たちの代では絶対に勝ちたいという強い思いから、自身がチームを引っ張っていきたいと思った」
主将という重責を担う関口だが、チームメイトからは「おもしろくて明るい。競技に関してはしっかりやっているすごくかっこいい先輩」「頼れる主将、こいつにならついて行きたいと思う」と信頼を得ているようだ。
恩師の県記録塗り替えた関口選手「タイムより強さ証明したい」
愛されるキャプテンは競技面でも大きな進化を遂げていた。
ウエイトトレーニングや食事の量を増やしたことで、高校時代から体重が5~6kgアップ。高校時代に培った技術力に加えて、力強さが加わったという。

タイムも伸び、自己ベストは10秒20と恩師でもある田村監督(東京学館新潟高校)の県記録を塗り替えた。
関口を指導する早稲田大学の欠畑岳コーチは「ピッチという足を動かす回転数が日本でもトップレベルというところで武器になる」と関口を評価。
一方で、ストライド・歩幅の部分でまだ物足りないところがあり、伸びしろはあると期待の声を寄せる。
世代ナンバー1から日本ナンバー1へ…関口には目指している選手像がある。
「速い選手と言うよりは、強い選手になりたいと思っている。速い選手はタイムが速いという意味で、強い選手はずっと勝ち続ける選手。僕はどちらかというとタイムより強さを証明したい」
国民スポーツ大会6位に悔しさも「この結果をバネに飛躍したい」
25年10月、滋賀県で行われた国民スポーツ大会に新潟代表として出場した関口。予選は組2位で突破し、順調な滑り出しを見せた。
「しっかり着順で準決勝に進めたことはいい答え合わせになったので、あすの準決・決勝以降もラウンドを踏むごとにしっかりギアを上げていって決勝も勝負できたらいいなと思う」
こう話していたが、体が思うように動かなかった。1カ月前に負傷し、思うような練習ができなかった関口。
準決勝は何とかタイムで拾われ、決勝進出を決めたが、決勝は6人中6位。入賞は果たしたものの、悔しさも残る大会となった。

それでも1年を通してレースに出続けたことで手応えも感じていた。
「自分をここまで走らせてくれた周りのサポートにまずは感謝してシーズンを終え、また26年以降この結果をバネに飛躍していきたいなと思う」
「オリンピック選手に」関口選手が見据える世界の舞台
この大会に帯同していた田村監督(東京学館新潟高校)も関口の走りを見守っていた。
「やはり、シーズン終盤に来ていて、絶好調のときよりはちょっとお疲れモードになっていた。でも、しっかりと3本走れたし、最後ちょっと疲れちゃっていたけど…でも、しっかりと新潟県代表としては最低限、入賞というものは果たせたし、長いシーズンお疲れ様でしたということで」
恩師からの言葉に関口さんも安堵の表情を見せる。
「田村監督は、高校のときはお父さんのような存在だったので、僕が残されているチャンスというのをつかんで一緒に羽ばたいていきたいと思う」

新潟で磨かれた原石がいま見据えるのは“世界の舞台”だ。
「2028年にあるロサンゼルス五輪を一つの節目として、オリンピック選手になれるように、世界で戦えるように。今はそこを目指して頑張っている」
誰よりも強く…若きスプリンターは26年も夢に向かって加速していく。
