「まるでミステリーツアーだな……」。取材に参加していた海外メディアの記者が、近くにいた私に思わずこんな言葉を口にした。
2025年10月29日から3泊4日の日程で、中国内陸部の「酒泉衛星発射センター」で行われた、有人宇宙ロケット「神舟21号」の打ち上げを取材した。今回の取材は、中国の国内メディアに加え、メディアツアーという形で、当局が独自に選定した一部の海外メディアが参加を許された。しかし、肝心のロケット打ち上げがいつ行われるのかなど細かい日程を事前に一切知らされないまま、取材当日を迎えることになった。
私たちは北京から飛行機で約3時間半、中国北西部・甘粛省の嘉峪関空港に向かった。空港到着後は、万里の長城最西端の関所など現地の観光地をいくつか案内された後、ホテルにチェックインし、夕食をとり終えた午後7時頃にやっと翌日の予定が発表された。なんと出発時間は早朝午前5時。取材内容はセンターで行われる宇宙飛行士の会見などで、肝心のロケット打ち上げがいつ行われるのかは結局知らされないまま……。謎多き取材ツアーがスタートした。
砂漠の中に現れた地図にない「宇宙産業の町」
ロケットの発射が行われる「酒泉衛星発射センター」は甘粛省と内モンゴル自治区にまたがり、ゴビ砂漠の中に位置する。ホテルを午前5時に出発したバスは、約3時間にわたり全く景色の変わらない砂漠の中の一本道を進み続け、やがて突如、街が現れた。
「航天城(宇宙産業の町)」と呼ばれ、宇宙産業に関わる関係者ら3万人以上が住むとされる街だ。街中を自由に歩くことは許されなかったが、バスの車窓からは商店や学校のような施設も確認できた。
しかし、驚いたのが、この街を中国の地図アプリで見てみると、ロケットの打ち上げが行われる発射場の付近など所々で、あるはずの建物や道路の情報が表示されなかったことだ。私たちが街に入る際は警備員が立つゲートを通過しなければならず、バスから下車したタイミングでゲート付近の様子を写真におさめようとすると、すぐに警備員に制止された。インターネットの閲覧規制をはじめ、当局による情報統制が厳しい中国。宇宙開発の最前線の街でもその一端を垣間見た。
宇宙飛行士登場はまるで映画のワンシーン
この日の会見で、当局からロケットの打ち上げは翌日の午後11時44分に行われることが発表された。私たちは再び砂漠の中の道を3時間かけてホテルに戻り、翌日の夕方、またセンターに向かって出発した。
私たちがセンターに着いたのは、打ち上げ時刻の約4時間前。すると、日中は静かだった街中に数え切れないほどの聴衆が現れ、沿道には「宇宙強国建設」などと書かれた横断幕がかかげられていた。
飛行士3人が姿を現すと、聴衆は「歌唱祖国」という中国の愛国歌を一斉に歌い出した。歌のサビには「我々が愛する祖国を歌おう。繁栄と富強に向かって進もう」という歌詞が並ぶ。私がいた取材席のすぐ後ろでも、大人から子供まで目を輝かせながら大声でこの歌を歌っていて、宇宙開発が国威発揚につながっている様子を強く感じた。また、国営テレビでは、飛行士が聴衆に見送られロケットに乗り込むまでの様子を多数のカメラを用いて生中継し、その映像はまるで映画のワンシーンのようだった。
打ち上げの取材では、発射台から2~3キロほど離れた場所から撮影にあたった。国内外多くのメディアがその様子を見守る中、感じたことのないもの凄い音と光とともにロケットが発射された。ロケットは約4時間後、中国が独自開発した宇宙ステーション「天宮」にドッキングされ、無事打ち上げは成功となった。飛行士は、半年間、ステーションに滞在し、宇宙空間での科学実験などのミッションを行う。
宇宙強国を目指す中国の“野望”
習近平政権は国策として「宇宙強国」を目指す方針を掲げ、近年では有人ロケットを半年に1回打ち上げるなど、独自の技術開発を加速させている。当局による取材規制が厳しい中国において、今回のように海外メディアへ取材機会を提供した裏には、自国の宇宙開発の技術力を世界にアピールしたい狙いがあったのだろう。

実際、中国の宇宙開発技術の進化やその計画は驚くべきものがある。2024年には、世界で初めて無人探査機を使って月の裏側への着陸に成功し、岩石などのサンプルを持ち帰った。また、独自に収集した月のデータを元に、「月の地図」を公表し大きな話題になった。2030年までには有人月面着陸を目指していて、宇宙飛行士の短期滞在を可能とする月面移動型実験室の設置も検討している。さらにその先、2035年までには居住可能な惑星の発見や、地球外生命体の探索も計画に組み込んでいるという。
現在稼働している宇宙ステーションは2つあり、1つがアメリカや日本など複数の国が共同運営する国際宇宙ステーション(ISS)、そしてもうひとつが、中国が独自で開発した「天宮」である。まさに国際的な宇宙開発の競争は、アメリカと中国の2強といっても過言ではない状況だ。経済、安全保障の分野でアメリカと熾烈な争いを続ける中国には、軍事産業と深く結びつく宇宙開発の分野でも、遅れを取るわけにはいかないという思いがあるのだろう。
世界の覇権を握る上でも欠かせないピースの一つと言える「宇宙開発」。今後も中国の動きに注目していきたい。
(FNN北京支局 近藤雅大)
