日銀は19日、政策金利を30年ぶりの高さとなる0.75%に引き上げることを決めた。債券市場では、長期金利の上昇に弾みがつき、代表的な指標となる新発10年物国債の利回りが2%を突破した一方で、円相場は一時1ドル=157円台後半まで値下がりし、円安が加速した。
総裁会見以降157円台に
日銀が決定内容を公表する前の正午ごろ、円相場は、1ドル=155円台後半で推移していた。公表を受け、いったん155円台半ばへと円高方向に進んだあと、156円台前半をつけるなどしばらく売り買いが交錯し、午後3時ごろには156円近辺での値動きとなった。円売りが加速したのは、その後の植田総裁の会見以降だ。157円台に突入し、前日から2円ほど安い水準にまで値下がりした。
円相場がいったん落ち着きを見せ、その後円安進行を強めた背景には、日銀の「実質金利」と「中立金利」をめぐる発信内容があったとみられている。
「実質金利」は、名目の金利水準から物価上昇率や予想インフレ率を差し引いたもので、緩和の度合いを測るうえで重要な指標となるものだ。一方、「中立金利」は、景気や物価に中立で、景気を熱しも冷ましもしない金利を指し、利上げのゴールの目安とされる。
日銀は、19日正午過ぎに公表した声明で、決定が全会一致だったことを明らかにするとともに、「現在の実質金利は、極めて低い水準にある」と指摘し、「経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」方針を改めて示した。「政策金利の変更後も、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持される」とも記され、この時点で、市場関係者の間では、日銀の姿勢に大きな変化は見られないとの受け止めが多かった。

午後3時半から始まった会見で、植田総裁は、「実質金利」については、声明内容と同様に「低さ」を指摘して、利上げを継続する姿勢を示した。
「これまでの利上げで、金融緩和度合いが急速に縮まっているエビデンス(証拠)はない」「総合的に判断すると、実質金利は極めて低い」として、賃金・物価が上昇基調を保てば「適切なタイミングで利上げが見えてくる」と話した。
中立金利”特定は難しい”
一方で、市場が注目したのは、「中立金利」をめぐる発言だ。総裁は「推計値に相当なばらつきがあり、その水準を前もって特定することは難しい」として、「利上げによる経済・物価や金融情勢の反応を見ながら」「手探りで見ていかなければいけない」と述べた。
これまで日銀は、中立金利の推計値として1〜2.5%程度という幅を示し、利上げ到達点の下限は1%だとされてきたが、今回の0.75%への利上げで、下限の1%まであと一歩に迫ることになった。中立金利をめぐり、植田総裁が、1日の講演の際「次回の利上げ時にもう少しはっきり明示したい」、4日には国会で「幅をもう少し狭めることができたら適宜公表したい」と述べるなか、市場の関心は中立金利の推計に向かっていた。
市場関係者の間では、決定会合後の会見で、総裁から「下限は1%よりも高いとみられる」などの説明があり、今後の追加利上げの余地について言及される可能性があるのではとの見方が出ていて、総裁発言から判断材料を得ようという姿勢が強まっていた。

こうしたなか、実際の会見で、植田総裁が、中立金利の推計値の特定は難しく、経済の反応を点検しながら類推していくしかないとの認識を示したことが、期待に即した踏み込んだ内容ではなく、物足りないとする受け止めにつながった。
今回、日銀は、利上げを決めた背景として、トランプ関税の経済への影響の不確実性が低くなったことと、2026年の春闘で今年並みの高い水準の賃上げが達成される可能性が高まったことをあげたが、利上げを打ち出すことで、円安進行に一定の歯止めがかかることが期待されていた面がある。
高市政権が物価高対策を進める一方で、円安が輸入品の値上がりを通じて物価上昇を助長する懸念が広がっていた。植田総裁は、複数の委員から円安について、物価の押し上げ要因として留意が必要だとする声が上がったことを明かすとともに、円安が基調的な物価に影響を与える可能性を注視する姿勢を示した。
しかし、円相場は、中立金利について追加的な情報発信がないなか、利上げを決めても円安基調が反転せず、円売りが加速する流れとなっている。「日銀は利上げを急がない」とする観測が強まり、日米の金利差は当面は大きく縮まらないとの見立てから、19日のニューヨーク市場では、一時1ドル=157円78銭と、約1カ月ぶりの円安ドル高水準をつけた。
円安けん制が利上げ必要論の支えに?
この先の利上げのペースについて、市場には年1回や2回とする見方がある。今後も円安基調が続けば、円売りけん制が利上げ必要論の支えになって、早期の追加利上げ判断につながる可能性があり、さらなる利上げへの決断を早晩求められるだろうとの観測も出ている。
一方、今回、高市政権は事実上利上げを容認する姿勢を示したが、政権内では、景気下支えに逆行し拙速だとの声も上がっていた。次の利上げについて慎重な意見も根強い。
「金利のある世界」の一段の本格化へと足を踏み出した日銀だが、追加利上げをどのようなペースで行い、どの水準まで継続するのか。円安と物価動向をにらみながらの難しい舵取りを迫られることになる。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)
