1950年の朝鮮戦争勃発以降続く南北の分断。“統一”は朝鮮半島の悲願とされてきたが、現実には分断が固定化している。北朝鮮は韓国を「敵国」と位置付け、韓国側でも「統一は必要ない」とする世論が拡大している。一方で、自由な出入りを禁じられた境界エリアには今も、途絶えた列車の往来を待ち続ける鉄道駅や、南北の動向に左右されながらも、たくましく生きる人々がいる。分断の最前線での取材から、統一の在り方、これからの南北関係を考える。
途絶えた列車と南北往来の再開願う副駅長
壁一面がガラス張りの現代的な駅舎に入ると、高い天井の下に、明るく広々とした空間が広がる。券売機、椅子、観光案内スペースなど設備は、一般的な駅と変わらない。ただ、利用客が一人もいない駅構内は、驚くほど静かだ。
韓国の首都・ソウルから北西部・坡州市まで延びる鉄路、京義線。その終着地が「都羅山(トラサン)駅」だ。ソウル中心部と近郊を結び、日々多くの人が利用する路線だが、この駅を日常的に利用する客はいない。都羅山駅は、南北の軍事境界線に近い「民間人統制区域」の中に位置しているからだ。
2025年12月上旬、取材クルーは韓国軍と韓国鉄道公社の特別な許可を受け、軍関係者の立ち会いのもと、都羅山駅の撮影・取材を行った。
2000年に韓国と北朝鮮の間で「協力拡大」に重点を置いた「南北共同宣言」が結ばれると、その2年後の2002年、韓国側の「北の入り口」として都羅山駅は開設された。2007年から約1年間は、都羅山駅から北朝鮮の開城工業団地にある板門駅まで定期貨物列車が運行したが、関係悪化に伴い、北朝鮮が一方的に運行中断を通達した。さらに2024年10月、北朝鮮は都羅山駅につながる線路を爆破し、現在、列車の往来は物理的にも不可能となっている。
都羅山駅に到着して最初に目に入ったのは「南北出入事務所」だ。残念ながら撮影は許されなかったが、空港の保安検査場と同様、荷物検査の機器やカウンターが設置されている。この都羅山駅を通じて、南北の“国境”を越えた人々の往来を想定して整備された施設だ。
駅を案内してくれたクム・ソンミン副駅長は、明るい口調ながら、どこか寂しさをにじませて語った。
都羅山駅 クム・ソンミン副駅長:
列車が通らないから、インタビューで話せるネタもありません。以前のように線路がつながっていれば、『南北関係が良くなれば、ここからヨーロッパにも行ける』と言えたのですが、もうできません。
南北関係の変化は、そのままこの駅の役割とそこで働く人々の姿を変えてきた。
改札を抜け、列車が発着するホームに出ると、かつて北朝鮮からの列車が到着していた乗り場がある。ホームに掲げられた看板には、次の停車駅として北朝鮮の「開城駅」と書かれていた。都羅山駅から開城駅までは約17キロ、10分もかからない距離だ。ただ、この乗り場は長期間使われておらず、改札に向かう地下通路のシャッターは下ろされたまま。ホームの足場も所々ゆがみ、線路にはさびが目立つ。
クム副駅長によると、2024年の北朝鮮による線路爆破の音は、駅まで聞こえたという。かつて南北経済協力の象徴だったこの駅も、今では他の鉄道職員から「危ない場所」と見られている。利用者の減少とともに職員も減り、現在は駅長とクム副駅長の2人だけが残っている。
都羅山駅 クム・ソンミン副駅長:
駅はこうした状態ですが、施設の安全管理など業務はとても多いんです。ただ、新しく来る職員がいなくて、私がずっといる状況です。私は軍の将校出身なので環境に慣れていますが、他の職員は来たがりません。みんな怖がっているんです。
北から列車が来る日がいつになるのか、今は誰にも分からない。それでもクム副駅長は、長く勤めてきた愛着ある駅のホームに立ち、こう語った。
都羅山駅 クム・ソンミン副駅長:
(Q.都羅山駅がどんな駅になってほしいか?)難しくて簡単には答えられませんが…。
都羅山駅まででもいいので、住民が自由に来られるようになって欲しい。そして、再び南北がつながり、往来できるようになればいいと思います。
分断の最前線で暮らす「統一村」
都羅山駅から車で10分ほどの場所に、民間人統制区域内で居住が認められた村がある。その名は「統一村」。1970年代初め、戦線防衛と荒れ地の開墾を目的とした国家政策で造成され、当初は住民による軍事訓練も行われていたという。現在は約400人が農業などを営みながら暮らしている。
軍事境界線からわずか4~5キロしか離れていない統一村の生活は、南北関係の動向と切り離せない。最近では、北朝鮮に強硬姿勢を取った前政権下で、北朝鮮が境界線近くで行った騒音放送やごみ風船の散布により、生活が脅かされた。
話を聞いた女性は「統一すれば国が強くなる」と語った。別の男性も「統一は同じ民族だから当然」だと語り、村で生活する人の多くが、「統一は必要」と考えているようだった。先祖代々この地に根付いて生活し、戦争による対立と分断の様子を目の前で見てきた住民たちの統一への思いは、人一倍強いだろう。
また、ある男性は「必ず統一はしなければならないが、いつになるか分からない」とした上で、「南北双方が対話に前向きな姿を見せてこそ、関係を良好にすることできる」「北朝鮮の前向きな姿勢に加え、韓国側ももっと多くの政策提示をする必要がある」と話した。
対立による生活への影響をじかに感じてきたからこそ、統一への“思い”だけではなく、現実的な“対策”を通じて状況を管理する必要があるという冷静な意見だった。
韓国「統一不要」世論が過去最多…南北関係の行方は
一方で「統一は必要だ」とする声は、韓国国内では少数派になりつつある。
韓国政府傘下の研究機関、統一研究院が2025年10月に発表した意識調査では、回答者の51%が「統一は必要ない」と答えた。(「統一が必要」は49%」)「統一不要」が「統一必要」を上回るのは、2014年の調査開始以来、初めてだ。
統一研究院は、「北朝鮮の『敵対的二国家論』や、南北関係の長期的断絶などが複合的に影響した結果だ」とし、「一時的な変化ではなく、構造的な変化の局面に入ったことを示唆している」と分析している。
南北関係に詳しい慶應義塾大学の礒﨑敦仁教授は、「南北間の経済格差が拡大する中、韓国が北朝鮮を吸収統一する場合、莫大な統一コストがかかる。それを負担してでも統一が必要だと考える韓国人は少数派だ」と指摘する。
韓国の李在明大統領は、「まず北朝鮮と対話し、平和共存を成し遂げ、その次に統一」(2025年11月の会見)という姿勢を示している。北朝鮮が韓国を敵国と規定し対話を拒む中、李大統領は前政権が行っていた対北宣伝放送を中止するなど、「融和的ジェスチャー」を出し続ける構えだ。礒﨑教授も、こうした対応を「現実的だ」と評価する。南北関係が長期的な断絶局面に入る中で、「統一」の在り方も今後変わってくる可能性がある。
朝鮮半島の“悲願”とされる南北統一。その実現には、なおも長い時間がかかるとみられる。ただ、協力や交流が生まれれば、市民を脅かす武力衝突のリスクは低下し、その先に悲願が現実のものとなる可能性も見えてくるかもしれない。2026年、韓国が北朝鮮との対話の糸口をどのようにつかみ、関係を進展させていくのか。今後の動きが注目される。
(FNNソウル支局 柳谷圭亮)
