初めて対面した彼女は、画面で見るより華奢で線が細く感じた。五ノ井里奈(ごのい・りな)さん、26歳。元柔道選手の彼女は硬い表情で会見場に入ってきた。

陸上自衛隊での性被害を訴えた元自衛官の五ノ井さんはこの日(1月26日)、4年半にわたる戦いに終止符を打ったが、笑顔はなかった。

笑顔のない五ノ井さん(中央)
笑顔のない五ノ井さん(中央)
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東日本大震災で出会った女性自衛官にあこがれ

五ノ井さんが陸上自衛隊に入隊したのは2020年。宮城県出身で東日本大震災を経験し、被災地で活動する女性自衛官を「かっこいい」と思ったことがきっかけだった。しかし、複数の隊員から体を触ったり押し倒したりするなどの性的暴行被害に遭う。当時の上司に相談したものの調査がされることはなかった。

 
 

2022年に実名での告発を決意。23年1月、国といずれも懲戒免職の元隊員5人を提訴(横浜地裁・民事)した。24年7月までに4人との和解が成立。26年1月26日、国が安全配慮義務を怠ったなどとして160万円を支払うことを認め、最後の1人である元上司との和解も成立した。

元上司の1等陸曹は謝罪せず 憎み合うより、前に進みたい

提訴した5人のうち、元上司だけは自身の行為を謝罪することはなかったという。それでも和解を決断した理由について、五ノ井さんは「このまま戦っても誰も救われない。最後まで戦うのが正解とは思えなかった。更に1年かけて裁判するより、その1年をお世話になった自衛隊の環境を良くする、社会のためになる行動に使いたかった。元上司については“謝らなかった人”としか思わない」と吹っ切れた様子が見て取れた。

声を上げたことを後悔していない

4年半の戦いについて、五ノ井さんは「長くて重くて立ち止まることのできない時間だった。それでも朝が来て、夜が来て、日常は静かに続いていた。前を向こうと思えた日もあれば、そうでない日もあった。ちゃんと生きられているかと自問し、生きるだけで精一杯の日もあった」と描写した。

それでも声を上げたことについて「後悔はしていない」と、それまで用意したメモを読んでいた五ノ井さんが、しっかりと前を向いて言い切った。

そして、この日に迎えた和解について「民事訴訟は一つの区切りを迎えたが、これは終わりではない。ようやく自分の人生を自分の足で歩き出すためのスタートだ」と表現した。

「心の殺人」 声を上げた人が孤立しないように

「何度も声が消されそうになった」と、声を上げることの難しさを身をもって経験した五ノ井さんは、性被害者支援などにあたる団体『みらいセーフティJAPAN』を設立した。

小さな勇気・声を社会につなぎ、人の尊厳が傷つけられることに無関心でいない、見て見ぬふりをしない社会をつくる手助けをしたいというのが願いだ。

パネルを見せる五ノ井さん
パネルを見せる五ノ井さん

これまで実名・仮名で性被害を訴えた女性を取材してきた。

彼女たちが一様に口にするのは「精神的な痛み」だ。勇気を出して被害を訴えても「なかったこと」にされる、被害者なのに「落ち度」を責められる、恐怖の体験をしても「証明」する術がないため立件できない。性暴力が「心の殺人」と呼ばれる理由だ。

五ノ井さんの手元
五ノ井さんの手元

それでも五ノ井さんは「孤独だと思っていた戦いは決して一人ではなかったと感じる」と語る。そして被害を受けた人たちに寄り添うことを決めた。

「それでも自衛隊に戻りたい」

つらい経験をし、憧れの自衛隊を除隊せざるを得ず、裁判で戦いながらひどい誹謗中傷も受けてきた。

それでも「自衛隊が今でも好きだ」という彼女の思いが今ひとつ理解できず、会見後に改めて直接たずねてみた。「機会があったら自衛隊に戻りたいと思いますか?」と。
すると彼女は間髪入れず、そして力強く「はい。機会があったら戻りたいです」と、初めて柔らかい笑顔を見せた。

中本智代子
中本智代子

フジテレビ報道局 上席解説委員
チリ生まれ メキシコ・スペイン育ち。妹弟とのケンカはスペイン語。
2010年から4年間ニューヨーク特派員。ペルー日本大使公邸占拠事件(1996年)やチリ鉱山落盤事故(2010年)などを取材。フィリピン・ドゥテルテ大統領、アウンサンスーチー氏インタビューなど。
名古屋は行ったことないがドラゴンズファン。日本史と日本地図は苦手。