長い眉毛がトレードマークで「トンちゃん」の愛称で親しまれた村山富市元首相が、17日午前、老衰のため亡くなりました。101歳でした。
当時、社会党の委員長だった村山さんは1994年、非自民党政権だった羽田内閣のあとを受けて第81代内閣総理大臣に就任しました。
「自民」「社会」「さきがけ」による“自社さ”連立政権となり、社会党が長年対立してきた自民党と手を組んだことは驚きをもって伝えられました。
村山首相(当時):
社会党を首班とする内閣ができたものですから、内外とも不安がうずまいているのではないかと。
親しみやすい人柄でも知られ、愛称は「トンちゃん」。
キャラクターグッズまで登場しました。
戦後50年の節目となる1995年には「村山談話」を発表し、時の首相として初めて「侵略」などの言葉を使い注目されました。
村山首相(当時):
わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。
ところが、1996年1月に「正月の青空を見て決めた」と突然退陣を発表し、世間を驚かせました。
その約4年後には政界を引退。
引退後も安保法制反対のデモに参加するなど、元首相として存在感を示していました。
2024年、100歳の誕生日を前に村山元首相をFNNが大分市内の自宅で取材した時には、「毎日の散歩を欠かさない」としていました。
村山元首相はかつて、自らの人生について「まさか総理になるとは思ったことはない。ぼくの人生を振り返ったら、めぐりあわせの人生だな」と話していました。
村山元首相の訃報に地元・大分では号外も出ました。
村山元首相をみとった人は「(午前)10時くらいに容体が急変した。安らかに息をひきとられた」と話しました。
街では、「残念だね、悲しいわね。優しいおじいちゃんという感じで」などの声が聞かれました。
政界からも多くの悼む声が上がりました。
社民党・福島党首:
トンちゃんにガンバレって言ってもらうと元気がでるから、すごく寂しいです。
立憲民主党・野田代表:
政治家になった中で一番驚いた政権でしたけど。先輩の総理としてリスペクトの念ももっておりました。
また、石破首相は「突然の訃報に接して、驚きと悲しみを禁じ得ないところ」と述べました。