歌やセリフのない『サイレントオペラ』が10月末から芦北町の赤松館(せきしょうかん)で上演されます。静寂に包まれた空間で感じて歩く、新しい舞台体験の魅力に迫ります。
【プロデューサー黒瀬絵理香さん】
「自然の音や身体表現を使って、歩いて見ていく、そういう舞台になっています」
~東京・八王子市/禅東院~
(かぐや姫が月に行く前のお別れのシーン)
よ~く耳をすましてみると…セリフがありません。
オペラにはある歌やセリフがない『サイレントオペラ』です。
日本の古典文学『かぐや姫』を題材に、ことし1月から2月にかけて、初めて東京で上演されました。
表情や息づかいだけではなく、風などの自然の音や、床をたたく音などで物語の情景や人物の心情を表現します。
また、観客は会場を自由に歩き回りながら鑑賞できます。自分で選んだ視点で物語を追うことができるのです。
さらに観客を巻き込んだ演出もある、演者との垣根がない、没入型エンターテインメントです。
【観客】
「感動しました。自分の想像を働かせたり、昔から聞いている話を自分の中でひもといて思い出して、自分の小さい頃を思い出してみたりとか、(自分の)内面と対話ができるんだなと思いました」
【観客】
「今まで見た舞台というのは、どうしても距離があったり、細部まで見られないというのはあったと思いますし、今回、距離感が近くて、役者さんたちの視線を感じたりして、この空間の一人になったような感覚があって、すごく良かった」
【出演者 花柳 琴臣さん】
「(演者の)ちょっとした心情の変化で表情が変わることであったり、普段、客席に座って見る演劇では感じられない繊細な部分を全編にわたって感じ取ってほしい」
【出演者 観月 ゆうじさん】
「この『かぐや姫』の物語を通じて、国境を超えて言葉が通じなくても、このサイレントオペラはいろいろな人々に見ていただけます」
誰もが楽しめる日本の美しい芸術を世界に届けたい。そう思い立ったのがプロデューサーの黒瀬 絵理香さん。熊本県出身です。
きっかけは2018年、旅行先のアメリカで見た舞台でした。
【プロデューサー 黒瀬 絵理香さん】
「静かなセリフがない舞台でしたので演者さんの鼓動と自分の鼓動がどんどん合わさっていくような、そういう一体感が生まれた時に、〈あっ、この舞台、すごいな〉と感動して…」
そして、黒瀬さんは一念発起して、歌やセリフがない〈サイレントオペラ〉という作品を生み出しました。
【プロデューサー 黒瀬 絵理香さん】
「日々、ストレスフルな社会だと思うんですけど、そういう余裕がなくなっているところに感性や余裕を持ち帰っていただけたらと思っています」
初演の東京公演に続いて、10月31日から11月3日まで芦北町の赤松館で上演します。
赤松館は、芦北町田浦の大地主として財を成した藤崎家五代目当主・藤崎 彌一郎(ふじさき・やいちろう)により、1893(明治26)年から建造されました。
2階の一部は、日清戦争のために工事を中断したことから、その構造を知ることができます。
彌一郎の娘である江上 トミは、この家で幼い頃から母親に料理を仕込まれ、のちに日本の料理研究家の草分けとして活躍しました。
赤松館は、明治時代の近代和風建築物として、2000年に母屋や米蔵などが国登録の有形文化財に指定されました。
しかし、2016年の熊本地震で被災し、老朽化も進んだことから、2019年に一般公開を休止。
その後、補修工事が行われ、住民など有志が保存会を設立し、2024年3月、一般公開を再開しました。
【プロデューサー 黒瀬 絵理香さん】
「〈すごい所を見つけてしまった〉と。理想とする部屋の割り振りで、1階は和室で、2階が板間ですが、両方を兼ね備えている昔の日本の家屋はなかなかないかなと思います」
日本舞踊家の花柳 琴臣(はなやぎ・ことおみ)さんです。今回の〈サイレントオペラ〉の出演者の一人で、演出も務めます。
東京在住の花柳琴臣さんは2024年、赤松館の一般公開が再開したときに、祝舞(しゅくまい)を披露。現在は、赤松館の広報大使として活動中です。
【日本舞踊家 花柳 琴臣さん】
「今こういう形で普段の展示になっておりますけれども、当日はかぐや姫が生活している空間のように演出されると思います。ここももちろん、お客さまが実際に歩きながらご観覧いただける場所となっております」
【日本舞踊家 花柳 琴臣さん】
「『かぐや』という一人の人物を通して、いろいろな人間が関わり、そして成長していくところが一番の軸になっているんですけれども、いろいろな部屋に各登場人物がいますので、一人の登場人物に注目して一緒に歩いて回っていく。そんな楽しみ方もあると思いますし、今、この人物はこんな表現をしているんだ。こんな気持ちなんだ。じゃあ今、『かぐや』はどんな気持ちなんだろうと、歩き回りながら、この世界観を楽しんでいただけたら。あまり堅苦しく考えずに、何かアトラクションに入ったような気分で楽しでいただけたらうれしゅうございます」
【プロデューサー 黒瀬 絵理香さん】
「どこの角度からでも見られるというのは、役者としてはすごく大変なんですが、観客の方にとってはすごく面白い機会かなと思います」
静寂に包まれた空間で感じて歩く、新しい舞台体験。『サイレントオペラ~かぐや肥後の月夜によせて~』は10月31日から11月3日まで、芦北町の赤松館で上演されます。
この作品はセリフがないため、黒瀬さんは「海外の人や聴覚に障がいのある人にも楽しんでもらいたい」と話していました。今後は海外公演も目指しているそうです。