ネコと人が共生するための「不妊去勢手術」

宮城県塩釜市の駐車場に停まった1台のワゴン車。車内で行われていたのは飼い主のいないネコの「不妊去勢手術」だ。
手術をするのは、獣医師の松田聡子さん。松田さんは、ネコの命を大切にしつつ人と共生するという課題を、獣医師の立場から解決しようと、「ネコの不妊去勢手術」専門の病院を開いた。移動式の手術室で県内各地をまわり手術を行っている。
にじのはしスペイクリニック宮城分院 松田聡子院長:
(地域のネコの問題を)解決しようと思っていても、その一歩が踏み出せない状況があった。必要な時に、必要な場所に行って、手術に対するハードルが低くなるようにしたい。

手術専門病院のため、通常の病院とは違い、事前にレントゲン検査や血液検査を行わず、メスは30分、オスは10分ほどで手術を完了することができる。そのため、費用も一般的な動物病院の半分から3分の1ほどに抑えられ、県獣医師会の助成金を活用すれば、メス・オス共に1000円で手術が受けられる。
ネコを保護する人の負担を減らそうと、費用面に加えて、できるだけ早く手術を行うことも重視している。
にじのはしスペイクリニック宮城分院 松田聡子院長:
今、病院の予約がいっぱいだからなどといって、野良ネコを2カ月間、家に置いておくことはできない。
この病院では、開院してから約4カ月で、約500匹の手術を行っている。この日は、塩釜市内や仙台市内で捕獲したネコ6匹が手術を受けた。
飼い主のいないネコを取り巻く現実
松田さんや病院のスタッフは、かつて、県の公務員獣医師や職員として、県動物愛護センターなどに勤務していた。そこで飼い主のいないネコを取り巻く厳しい現実に直面したことが、病院を開くことにつながった。

にじのはしスペイクリニック宮城分院 後藤真理子さん:
多頭飼育崩壊などで1日に20匹収容されることもあった。もらわれる数よりも収容される数が上回り、水際対策をしっかりしていかなければならないと感じていた。

2013年度からの10年間で宮城県の動物愛護センターに収容されたネコの数と殺処分された数の推移を見ると、収容される数も処分される数も大幅に減っている。それでも未だに年間100匹以上のネコが殺処分されているという現状がある。

また、県には2016年度から2024年度までに、餌付けや糞尿などのネコに関する苦情が毎年1000件以上寄せられていて、ほぼ横ばいの状態が続いている。
ネコが持つ高い繁殖力と、増えたネコによる問題

ネコは非常に高い繁殖力を持つ動物だ。日照時間の短い真冬を除けば、ほとんど1年を通して繁殖期で、交尾刺激によって排卵するため、ほぼ100%妊娠する上に、妊娠期間は2ヶ月ほどと短い。一度の出産で1匹から8匹ほどを産み、生まれた子ネコが約2ヶ月で離乳すると、次の妊娠が可能になる。さらに、生まれた子ネコも生後約8カ月で繁殖が可能になる。
環境省によると、1匹のネコが1年後には20匹、2年後には80匹以上にまで増えるという。
増えすぎたネコは糞尿や鳴き声など地域の環境を悪化させ、結局は殺処分にもつながってしまう。

松田さんは、増えすぎたネコが原因で地域から孤立してしまった人も見てきたという。
にじのはしスペイクリニック宮城分院 松田聡子院長:
増えてしまって、どうしていいかわからなくても、餌をやらずにはいられない。自分の食事を我慢して猫に餌をあげていた人も。周りから苦情を言われて、地域に戻ることもできず、孤独死などの問題も起きていた。

全国では、飼い主のいない猫をめぐって事件も起きている。
熊本県で、ネコの保護活動を行っていた女が不衛生な環境でネコを飼育し、十分にえさを与えず衰弱死させた疑いで、警察に逮捕された。
調べに対して「預かるネコが増えるにつれ、費用や手間が増え、段々、面倒になっていった」と供述しているという。
この事件について、松田さんは、「自分のキャパシティを考えないと、結局猫も人も不幸になってしまう。」と話す。
地域のネコを見守るボランティアの取り組み

クリニックにネコを連れてくるのは、多くの場合「TNR活動」など、ネコの保護活動をするボランティアだ。
「TNR活動」とは、飼い主のいない野良ネコを捕獲(Trap)し、不妊去勢手術(Neuter)を行い、元の場所へ戻す(Return)というもの。ネコの大量繁殖を防ぎ殺処分を減らすことが目的で、県や仙台市も取り組みを支援している。
ボランティア:
1人ができることは限界があるが、私が少し頑張れば助けられる命があるならという気持ち。
ネコを保護する責任 地域のネコに関心を持つ重要性

この日、松田さんたちは大崎市内で講演を行った。2匹のネコを保護した後、あっという間に80匹にまで増え、飼い主がどうすることもできなくなったという、実際の事例をもとに不妊去勢手術の大切さを伝えた。
にじのはしスペイクリニック宮城分院 松田聡子院長:
増えないための解決方法はたった一つ、不妊去勢手術をしてほしい。
講演会には、大崎市内から20人ほどが集まった。参加した人は、「ネコが好きか嫌いかを抜きに、地域ネコに関心を持つことが大事なんだと感じた」と、講演会で得た気づきを話す。
松田さんは、まずは「知ってもらうこと」が大切とした上で、様々な立場の人がそれぞれのできることをやってほしいと訴える。
にじのはしスペイクリニック宮城分院 松田聡子院長:
私たちができることは手術の提供や、このようなイベントで啓発すること。地域のネコに餌をやる人も、不妊去勢手術をする、トイレを作る。それぞれができることをして、ネコが幸せに、人が穏やかになる宮城県になるのが一番いいと思う。

ネコを保護する人は責任を持って飼育することが大前提だが、保護活動に多額の費用がかかるのも事実。保護している間の餌代や不妊去勢手術は主にボランティアなどの自費で賄われている。
誰かが抱え込むのでなく、それぞれができることをやることが、地域の環境とネコの命、どちらも大切にしていくことにつながっていく。
仙台放送