「ジョカツ」=東京都庁内では頻繁に使われ、都庁職員なら誰しも分かる「女性活躍関連の施策」を意味する造語である。
都庁ではおなじみ 「ジョカツ」とは
小池百合子東京都知事は、2016年の都知事就任以降、赤ちゃんファースト、卵子凍結などの女性関連の施策を次々打ち出してきた。
2024年度の東京都男女平等参画施策一覧(女性活躍推進関連施策)によると、「ライフ・ワーク・バランスの実現と働く場における女性の活躍推進」に関連して7つのテーマにわたり、180を超える取組が掲載されている。
東京都が女性活躍条例制定へ
日本の女性の就業促進は、今から40年前、1985年の男女雇用機会均等法が出発点だ。その後、1991年の育児休業法(現・育児・介護休業法)、2003年の次世代育成支援対策推進法などを経て、仕事と家庭の両立のための支援が進められてきた。
しかし、管理職に占める女性割合は長らく1桁台にとどまり、国際的にも低水準だった。こうした背景から、2015年に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」(女性活躍推進法)が成立、その成立から10年目にあたる2025年、国が女性活躍推進法を改正するとともに、東京都は24日から始まった都議会で、小池知事が女性活躍条例制定について演説した。今後は議会での議論を経て、条例素案をとりまとめる予定だ。
小池知事 少子化でも「少子化担当大臣だけは“多産”」
就任以降、常に「ジョカツ」に力を入れてきた小池知事に、東京都の女性活躍や少子化など、女性関連の施策の狙いを改めて直接尋ねると「シームレスです」と話す。

そして「役所の都合ではなく、都民の都合でシームレスに対応していきたいと思いました。国会議員時代、女性関係の勉強会をやると、霞が関の役所の人がずらっと並んでメモをとるけれど、結局役所に帰って報告して終わり。その“やってます感”に危機を覚え、知事に転じて、都庁の職員には『本気で動くように』と言ってきました。国の少子化担当大臣は2003年から27人も大臣が変わっています。少子化で子供は生まれないのに、少子化大臣だけは次々誕生…“多産”ですよね」

急激に少子化が進む中、少子化担当大臣は多くの大臣が兼務で初入閣が多い。この大臣経験者だけが増えていく状況に小池知事は「これでは国の女性活躍が進むはずもないですよ」と深いため息をついた。
では東京都は実際にどのような支援を行っているのか、働く女性支援の拠点施設を取材した。
「社内では言えない話」を無料で相談
東京都は2024年9月、渋谷・表参道に、働く女性のキャリア形成やライフプラン支援を目的とした総合相談拠点「はたらく女性スクエア」を開設した。国家資格を持つキャリアコンサルタントによるキャリア相談に加え、経営者や管理職経験者による社外メンター相談(1人5回まで)、保健師等による健康課題相談(1人1回まで)、ハラスメントや退職などの労働問題に関する労働相談窓口も設けられている。
利用は事前予約制で、対面・電話・オンラインに対応。対象は東京都在住・在職、または東京都での就業を検討している女性で、匿名でも可能だ。相談料は無料で、1回40~50分、社内では言いづらい、広まるのが怖いといったセンシティブな内容も専門家が受け付ける。
相談対応は、2024年9月の拠点開設から2025年7月までで、合計5437件。そのうち最も多かったのはキャリア相談で2791件、次いで労働相談1908件、社外メンター相談718件だった。
「どこまで行けば正解なのか」働く女性の悩みとは
国家資格キャリアコンサルタントを持ち、これまでマンツーマンやワークショップなどで延べ1万人以上の相談に向き合ってきた水野遥さんは、はたらく女性スクエアで「社外メンター」としてカウンセリングを行っている。水野さんに相談の現状について聞いた。

――どのような相談が多いですか
『失敗したらどうしよう』『これで本当にいいのか』『背中を押してもらいたい『優先順位が自分では分からない』、最初はこのような方が多いです。
――具体的には、どのような相談が寄せられているのでしょうか
具体的には、1人目を出産してもう1人考えたいが、そこでキャリアが失われてしまうのではないか」という相談は多いですね。キャリアアップの努力を重ねてきたものの、『どこまで行けば正解なのか』と自らのゴール設定に悩む女性もいらっしゃいます。
そんな女性たちに水野さんはこう呼びかけるという。

「はたらく女性スクエア」社外メンター・水野遥さん:
無理のあるものは続かないので、自分の心から望むことを大事に、整理して優先順位を立て直しましょう。どちらかではなく、自分の強み(やってきたことと)とやりたいことの掛け算で考えてもいいので、そこを一緒に見ていきましょう。正解・不正解はありません。自分が心地よい位置を見つけることが大切です。まずは言葉にしてみてください。もやもやを整理するだけで、次の一歩が見えてきます。
“自走”へのカウンセリングとは
水野さん個人がカウンセリングを行う場合は1時間3万円(税別)だが、はたらく女性スクエアでは無料で受けられる。
では、実際のカウンセリングはどのように行われているのか。
――カウンセリング開始には何をやるのでしょう
まずは頭の中の交通渋滞を整理することから始めます。行動変容には6か月必要なのでカウンセリングは全5回に設定されています。最初の3回は自己理解に重点を置き、これまでの人生について、本人にチャートを作成してもらい、過去の経験や価値観を言語化してもらいます。
行動に移す前の段階で立ち止まっている女性が多いということなのだろう。
――なぜ言語化してもらうのでしょうか
家を建てるとき、基礎がしっかりしていないと安定しません。自己理解はその基礎です。
そして、4回目と5回目は行動フェーズとして、やるべきことの優先順位を立て、実際に一歩を踏み出してもらうよう促すという。
――どうやって行動を促すのですか
人と約束すると守ろうとする心理を活かし、伴走します。
自分1人で「やろう」と決めるより、やるべきことを他の人と約束することが、行動しやすくなるという。この「他者との約束」を、次第に自分が立てた行動目標を守る「自分との約束」に変えてもらうことで、自分の背中を自分で押せる状態を目指してもらうということだ。
――カウンセリングの最終目的はなんですか
関わる期間を(5回)と決めているのは、自分の可能性を自分で開けるようになるためです。ゴールは“自走”です
若い男性の8割が育休希望うち3割近くは「半年以上」
女性の働き方に大きく影響する要素の1つが育休だ。女性自身の育休はもちろん、女性の体調回復、職場復帰のために男性育休は非常に重要だ。厚生労働省の2024年調査によると、18〜25歳で育休の取得を望む男性は84.3%に上り、そのうち29.2%が「半年以上」を希望している。若い男性の間では育児に対する意欲が感じられる。
しかし、日本の雇用慣行は「長時間労働+専業主婦モデル」を前提にしており、少子化時代に持続不可能、と働き方改革の必要性を強調する研究者がいる。
労働経済学・ジェンダー・社会保障を専門とし、日本の働き方改革や女性の就業継続に関する第一人者である大妻女子大学の永瀬伸子教授に話を聞いた。

――出産後に女性が仕事を辞めなくなったのはなぜでしょうか?
2010年ごろから、出産しても仕事を続ける女性が増えました。背景には、育児休業だけではなく、育児短時間勤務の法制化や保育園の整備があります。2007年以降、政府が「ワーク・ライフ・バランス」を掲げ、企業も風土改革に取り組みました。低年齢児保育の増加も大きいですね。
国立社会保障・人口問題研究所『出生動向基本調査』では、第一子出産後の就業継続率は2015~2019年で約70%、昔は7割が退職していたことを考えると、大きな変化です。
また、その中で正社員同士の割合も増えています。2000年代前半までは30歳代の女性正社員は子どもがいない者が多かったのですが、ようやく子どもを持ちつつ正社員を続ける女性が増えています。
2000年代前半は「夫婦とも正社員で子どもを持つのは無理」と言われていましたが、今は物価高や将来不安もあり、女性が働き続けることが必須になっています。
――今の働き方の問題は
日本の雇用慣行は、いまだ中核的な働き方は長時間労働・転勤命令があることを前提とした長期雇用です。上司世代は専業主婦世帯も多く、子育て世代の男性が「早く帰りたい」と言いづらい。働く年齢と子育て期が重なる現実に、制度も意識も追いついていません。だいたい大企業で働いている社員の中で、男性は正社員が多いのですが、女性は逆に非正社員がとても多いです。
非正規未婚女性の不安ない出産制度 中年女性人材の評価・育成を
――今後、どんな改革が必要ですか?
日本では残業や転勤を受け入れる人とそうでない人で、もともと昇進パスが異なります。ですが、これからは夫婦ともに正社員として1人前の賃金を得ながら子育てができるように働き方を考える必要があります。つまり、より柔軟で自律的に働けること、工夫によって夫婦それぞれが能力を発揮する一方、子育ての時間をとれること、子どもとの時間を楽しめること、これが重要となります。また非正規雇用の未婚女性も少なくないですが、この層を含めて仕事を失う不安なしに出産できる社会手当や育休制度が必要です。今後は現役人口がさらに減っていくのです。この前提の中では、これまでパートと呼ばれ低賃金で働く機会しかなかった中年の女性人材を評価し育成することも肝要となります。出生数は、1949年の約270万人から減り続け、2024年は約68万6000人ですが、2025年はさらに下回ると見られている一方で長寿化もすすんでいます。今、働き方を変えなければ、日本の未来はさらに厳しくなります。「働いても、子どもを産んでも大丈夫」な社会をつくることが、私たち全員の課題です。

また、永瀬教授は、民間の有識者でつくる「人口戦略会議」メンバーでもあり、2025年9月11日には石破総理と面会し「女性の賃金は本当に低いんです。日本で見ますと、中年期、特に。その人たちがもっと活躍できるように、非正規と正規の格差を縮小して、社会規範を変えるように、そうなってほしい」と直接訴えた。
私の「ジョカツ」とは 行政の役割は…
一方、「女性活躍」と聞いて、何が自分にとっての「活躍」なのか、明確に答えられる人はどのくらいいるのだろうか。
実際、私自身、様々な“活躍する”女性の取材をしてきたが、自分のこれまでを振り返っても、いまだ何が女性活躍の“正解”なのか分からない。
むしろ、価値観が多様化する中で“正解”を探すことのほうが、無意味に思える。
東京都の施策は多種多様で、数も多い。施策の充実はもちろん重要だが、「選択肢が多すぎると、かえって人は決断を避けるようになる」とする心理学の法則があるように、多くの選択肢から「自分にとって必要なもの」を探し出すのは困難である。
現代社会では、情報はあふれるほどあっても相談できるような人間関係は希薄になっており、行政に対しては、支援に結びつけるまでの“呼び水”のようなサービスが求められているのではないか。
女性活躍は男性にも好影響か
また、全国の女性が活躍するためには、国の支援が欠かせない中、国に求められているのは大臣経験者を増やすことではない。
そして、女性活躍が進むことは女性のためだけではない。子育てをしたい若い男性が増える中、女性活躍で女性の収入が増えれば、男性も安心して子育てに取り組むことができ、そうなれば2人目出産へのハードルも下がるのではないか。
国に求められているのは、女性が活躍でき、それにより男性の選択肢が増える社会に向けての明確なビジョンの提示と戦略をもった継続支援だ。総裁選の候補者討論会で、はたして女性活躍を巡る議論がでてくるのか、注目していきたい。
(※冒頭画像はイメージ)