高等教育機関の学生(363万人)のうち、約3人に1人にあたる117万人が日本学生支援機構の奨学金を利用しているとされる。
そして、奨学金制度には卒業後は長期間にわたる返済義務が生じる側面もある。
勤務する会社に奨学金返還支援制度あり、それを利用している人を取材した。
初任給30万円超え続々…一方で3人に1人が奨学金
2025年の春闘では、ファーストリテイリング(ユニクロ、GUを運営)が新卒の初任給を33万円に、ソニーグループは大卒の新入社員の初任給を31万3000円に引き上げるなど新入社員の給与が大幅に引き上げられ、多くの企業が競争力のある給与を提供することで優秀な人材を確保しようとした。

このため、世間では「今の若者はうらやましい」との声も多く聞かれたが、その一方で、日本学生支援機構(JASSO)の令和5年度のデータ集によると、高等教育機関の学生(363万人)のうち、約3人に1人にあたる117万人がJASSOの奨学金を利用、1人当たりの平均金額は約313万円にのぼる。
奨学金制度が、進学を後押しして支えてくれる大変重要な制度であることは間違いない。
その一方で、卒業後は長期間にわたる返済義務が生じる。その奨学金の返還は、貸与終了月の翌月から数えて7か月後に開始され、3月に貸与が終了した場合に返還は10月から始まることになる。
徐々に広がる奨学金返還支援制度
奨学金を巡っては、地方自治体や企業が独自で進めるもの、奨学金を借りている学生と奨学金返還を支援する企業のマッチングをする日本初の奨学金返還支援プラットフォーム「奨学金バンク」など、返還を支援する動きが広がりつつある。
そのような中、勤務する会社の奨学金返還支援制度を利用している人に話を聞いた。
中学生で奨学金借り入れ手続きに「重みとか分からなかった」
東京水道 宮珠莉さん:
(高専入学が決まって)中学生の時に、日本学生支援機構から奨学金を借りる手続きをしました。当時は(奨学金返還の)重みとか分からなかったですし、兄弟も奨学金を借りたので自分も借りると思っていました。
また、奨学金には別のプレッシャーもあるという。
東京水道 宮珠莉さん:
奨学金は留年すると借りることができなくなりますが、高専は当たり前には進級はできません。複数人が留年することもあるので、それもあって勉強を頑張ろうと思いました。
入社当初、奨学金返還支援制度がなかった時には、こう考えていたという。
東京水道 宮珠莉さん:
安定的な給与を頂けるので、奨学金返済で生活が苦しく返済が困難になるといったことはないのですが、同年代の奨学金を借りていない方々と比べますとハンディキャップを感じ、何か別のことに 同額を使いたいと思うことはありました。

入社3年目から支援が開始され…
東京水道 宮珠莉さん:
それまでは返済完了まで自力で払い続けるのを重荷に感じていたのですが、導入を知ったとき素直に嬉しく思いました。支援金は月々支給されるのではなく、年末賞与で支給されますので冬のボーナスで12万円一気に入り、みんなより多く貰って得した気分になります。
と、はにかんだ笑顔で話した。
宮さんの奨学金利用の背景には、家族の影響と高専の厳しい進級状況があり、プレッシャーを乗り越えたうえでの就職、返還支援で「報われた」との気持ちになったのではないだろうか。
奨学金返還支援制度が「もっと早くできていたら」
一方、東京水道の水道技術本部浄水管理部 和田堀事業所の木村文哉所長(34)は、入社した2011年から2022年までの約11年間、毎月1万2107円、合計203万4000円を支払った。2023年の制度導入からは年間6万円の返還支援を受けている。木村さんは制度ができた時にこう感じたという。
東京水道 木村文哉所長:
有難い気持ちが大きかったですが、返済完了が見えてきていたタイミングだったので、「もっと早くできていたら」と思いました。そのくらい良い制度です。
また、これまでの返済については
東京水道 木村文哉所長:
私自身、平成23年3月の東日本大震災の津波被害で実家を失い、翌月の4月から当社へ入社しました。幸い生活に困窮することもなく奨学金の返還を継続することができましたが、近年、様々な自然災害が発生するなか、その影響等で奨学金返還が困難な方も多くいると思います。そういった方を含め、非常に安心して働ける制度だと感じています。」

親になってわかる「もし自分の子供が奨学金を借りるとなったら」
年6万円、月にして5000円の支援金の使いみちをたずねると
東京水道 木村文哉所長:
補助を受け、奨学金返還の支払額が月7107円に軽減したので、息子の習い事を増やせると思い、息子をプールに通わせることにしました。
また、奨学金返還支援について家族に話した時には
東京水道 木村文哉所長:
妻からは「そんな良い制度があるのね」と羨ましがられ、私の両親は「良い企業に入社したと安心していた」と話していました。親は、はっきりとは言いませんが、私が奨学金を借りていたことに少し引け目を感じていたようです。自分が親になってみて、もし子供が奨学金を借りるとなったら、と親の気持ちを察することができるようになりました。
木村さんの話から、奨学金返還支援制度が、奨学金の返還が困難な状況になった人々に対して安心して働ける環境を提供する、その重要性が伝わってくる。
また、勤め先からの奨学金返還支援制度は、今の自分への支援であるとともに、会社から昔の自分への“こども手当”ともいえるのではないか。
福利厚生充実が人材確保のカギ 終身雇用も…
東京水道では奨学金返還支援制度のほか、独身の社員住宅については、ハウスメーカー指定の検索サイトから自分で好きな物件を選ぶと、家賃の8割が補助されるほか、食堂付きのマンションや、新宿・立川周辺のマンションなど、社員住宅の使用料は1万1800円から2万6500円だという。
東京水道は、東京都の政策連携団体として東京都水道局とともに水道事業を運営している。“半官半民”の会社で、福利厚生とはいえ、制度の変更は民間企業のようにはできないはずだが、野田数社長は次のように語る。
東京水道 野田数社長:
民間がこれだけ給与を上げてくる中で、何ができるのか考えました。

東京水道では、設計・工事などの分野で理系の人材確保が特に重要だが、若い理系の人材はどこの企業でも引く手あまたで、激しい争奪戦が繰り広げられている。
野田社長はここ数年、これまで以上に人材確保への強い危機感を感じ、若手社員がいる現場を訪問。「何が必要とされているのか」を直接聞き、その声から始まったのが、奨学金返還支援制度や住宅支援拡充だったという。
東京水道 野田数社長:
終身雇用を堅持していきたいと思っています。首都東京のインフラを支えるということは、都民の生活を支えつつも、経済活動も支えるということです。水道は技術継承が大変重要なので、水道のプロフェッショナルを育てていきたいです。そのためには、安定性が不可欠です。生活の安定・向上が仕事の安定につながりますので、今後も利益を出しつつ処遇向上を進めていきたいです。
転職が当たり前となる中で、どうやって人材を確保し働く人たちの安心と満足度を高めていくのか。人口減少社会で働き手が減る中、ますます重要な課題となっていくだろう。
(フジテレビ経済部長・小川美那)