鹿児島県工業技術センターというと、県民でもあまりなじみがないかもしれないが、実は、我々の身近なところで、ここで生み出された技術が使われている。
鹿児島の技術のよりどころとして、日々研究に励む県工業技術センターに潜入した。
研究者は39人。開発した技術で企業が新たな製品を
鹿児島県霧島市隼人町にある鹿児島県工業技術センター。東京ドームよりも広い約5万平方メートルの敷地で、39人の研究者が新たな技術の開発に励んでいる。
「こちらは、当センターの成果物を展示しているコーナーです」安藤浩毅所長が案内してくれた先には、着物や陶器の壺、さらには食品や金属製の部品など、様々なジャンルの数々の製品が並んでいた。

工業技術センターの前身となる工業試験場ができたのは1923年。当初は大島紬に関する研究が主な役割だった。
その後、高度化する工業技術に対応するため3つの施設が統合され、今から約40年前に現在の工業技術センターが設立された。

火山性のシラスを有効利用する技術を70年以上研究
ここで開発された様々な技術は、県内企業の新たな製品に使われている。その中には、私たちの生活にすっかりなじんだものもある。
例えば、鹿児島市の繁華街・天文館の歩道に敷かれているブロックには、材料にシラスが使われていて、センターが発明した技術を活用している。
鹿児島は、県内の広い範囲が火山性のシラスで覆われている。
時に土砂災害を引きおこし、厄介者のイメージがあるシラスだが、センターでは70年以上前から有効利用するための研究が続けられている。

緑化で美しく 鹿児島市電の軌道敷にセンターの技術
このシラスを使った別の技術として、鹿児島市電の軌道敷がある。シラス研究歴37年の袖山研一さんが白いブロックを見せてくれた。「シラスに含まれる軽石を、少ないセメントで固めた透水性のあるブロック」だという。
「緑化基盤」とよばれるこの製品は、セメント使用量がわずか4%。ほとんどは軽石でできている。見た目は菓子の「おこし」のような感じで表面はゴツゴツ、断面はスカスカしている。
「緑化基盤」に上から水を流すと、水は表面にたまることなく通過し、底からザーッと流れ落ちる。「軽石が必要な水分は保持して、それが芝生の根っこに水分を供給する」と袖山さん。

こういった軽石の性質を生かし、鹿児島市電に芝生が生えた軌道敷が誕生した。
緑化基盤を利用する前は、道路と変わらない無機質なグレーの軌道敷だったが、利用後は緑のゾーンが出現。両者を比較すると美観が向上したことがよくわかる。

バナナのような香りの酵母を発見 フレーバー焼酎のきっかけに
県工業技術センターでは鹿児島の食も技術で支えている。
焼酎に関する研究室を訪ねると、「焼酎を造る時には酵母を使うが、酵母の育種などを行っている。」と、焼酎担当の大谷武人さん。ここでは30年ほど前から焼酎の香りに関わる酵母の研究が進められている。

与える刺激によって、酵母の香りはどうなるか。「酵母って生き物なので、香りを生み出させるためのうまい条件を検討したり、数百種類やって1個当たればすごくいいくらい。」地道な作業だが、大谷さんは「みんなで匂いを嗅いで『これは香りがするんじゃないか』。」と、研究室内での日常の一コマを生き生きとした表情で紹介してくれた。
そんな中、2000年に発見されたのがバナナのような香りの酵母だ。この酵母は県内の10社以上に提供されていて、全国的にも人気を博すフレーバー焼酎のきっかけになった。

畜産王国の鹿児島ならでは!?牛のゲップを抑える研究も
さらに、センターでは一風変わった研究も。
牛のゲップを研究しているという、東條裕さん。「牛のゲップに含まれるメタンガスの発生を抑えるための研究をしています。」

畜産王国鹿児島では牛が多く飼育されているが、牛のゲップにはメタンが含まれ地球温暖化の原因の一つと考えられている。
この研究室では、採取してきた牛の胃液に様々な食べ物を加え、排出するメタンを抑えるための実験を行っている。

シラス研究歴37年!集大成は「シラスの劇的な用途拡大」
シラス研究歴37年の袖山さん。
鹿児島テレビが9年前の2016年に取材した時には、「シラス研究の集大成として、シラスの劇的な用途拡大に向けて精進したい」とインタビューに答えていた。
シラスには様々な物質が混ざっていて、そのままでは使えないのだが、袖山さんはそれからシラスを振動や気流によって粒の大きさや重さごとに選別していく装置を完成させ、今回披露してくれた。
この装置からガラス質の粒を取り出し、さらにすりつぶして「火山ガラス微粉末」にする。一粒の大きさは髪の毛の太さの20分の1ほどで、すりつぶす前と比べると明らかに細かくなっている。

そして、袖山さんはこの火山ガラスの微粉末をコンクリートに混ぜることに成功した。「火山ガラス微粉末は、セメントと比べて製造時の二酸化炭素排出量が10分の1以下。コンクリートの二酸化炭素排出量をグンと抑えることができる。」という。

「果たせなかった夢」若い研究者にバトン渡す“夢“のリレー
あと3年で定年となる袖山さん。若き研究者の樋口貴久さんを紹介してくれた。
「樋口さんは、石灰とシラスから今のセメントのようなものを作るという画期的な研究をしている。僕の研究をベースにして彼がブラッシュアップしている。僕が果たせなかった夢を彼が実現してくれるのではと期待しています。楽しくやってます。」自ら集大成と位置づけた研究を、後輩に託す。
樋口さんは「プレッシャーですね。がんばります。」とにこやかに答えた。

“鹿児島の新しい”を生み出すために。研究者たちが描く“夢”
シラス研究歴5年の樋口さん。
「シラスをさらに大きな産業にして、ふるさと鹿児島のために貢献していきたいと思っています。」先輩の志をしっかり受け継いでいく覚悟だ。
焼酎担当の大谷さんは、「焼酎は厳しい状況にあるが、そういったところをもっと盛り上げられるような研究を進めていきたいと思っています。」と、意欲的。
牛のゲップを研究している東條さんは「地球環境にも優しい持続可能な畜産業を実現することができれば。」鹿児島から地球の将来を見据えている。
鹿児島県工業技術センターでは、それぞれの分野のスペシャリストがそれぞれに夢を抱き、今日も研究に励んでいる。