福岡市東区の『海の中道大橋』。博多湾にかかる全長750メートルの橋を通って、多くの人が海浜公園や志賀島などを訪れる。夏の楽しい思い出を紡いできた海の中道大橋。あの日も、そのはずだった。

記憶のなかで笑う3人の子どもたち

2006年8月25日。海の中道大橋で後部車両に追突されたRV車がガードレールを突き破って博多湾に転落。この事故でRV車に乗っていた福岡市の家族5人のうち、4歳の長男と3歳の次男、それに1歳の長女の3人が死亡した。

この記事の画像(16枚)

追突した車を運転していたのは、当時22歳の福岡市職員の男。スナックなどで酒を飲んだ後に起こした事故だった。危険運転致死傷罪が適用され、懲役20年の実刑判決が確定した。

事故の翌年には道路交通法が改正。飲酒運転の罰則が強化された。福岡県は、事故が起きた日に合わせ毎月25日を『飲酒運転撲滅の日』にしている。

博多祇園山笠が大好きだった3人の子どもたち。4歳の長男の紘彬(ひろあき)ちゃんと3歳の次男、倫彬(ともあき)ちゃん、それに1歳の長女の紗彬(さあや)ちゃん。

19年前、福岡で過ごした幸せな日々は母親の大上かおりさん(48)の思い出のなかにしか残っていない。

「これから続いていくはずの命が断たれたということが、どれほど大きな意味を持っているのか…」事故後、母親はやりきれない思いを精一杯の思いで口にした。

目の前で愛する3人の我が子を突如、失った母親。事故から19年。もがき苦しんだ末、踏み出した新たな一歩。これまで語られることのなかった胸の内を明かした。

母として凄く罪悪感でいっぱいで…

大上さんは、静かにあの日のことを語った。

「(事故が起きたとき)バーンってぶつかったのは分かります。次の瞬間、一気に水だったからフロントガラスから出たのは分かってます」

「最初、潜って、さあやちゃんを見つけることができて…」

「もう1回潜ったら、ともくん見つけれて…」

「ひろくん見つけれるかなと思ったけど、探せなかった…。結局みんな助けることができなかった…」

社会全体に大きな衝撃を与えた痛ましい事故。大上さん夫婦にはマスコミが殺到する。夫婦は、悲しみを押し殺し、気丈に取材を受け続けた。そこには、これまで語られることのなかった苦しみがあったという。

デマに苦しめられPTSDに

「まず放心状態、守ってくれる人が誰もいなかった。わけ分からないで。あんなに平然と答えて、子どものことどう思ってるんだって言われたり、なんか自分が非難されることは仕方ないことだと思うけど、自分の立ち振る舞いのせいで子どもの死が軽視されることがあったということが、一番、私は母として凄く罪悪感でいっぱいで…」

それでも、取材に応じ続けたのは世の中に何かを感じてもらうためだった。しかし、事故翌年の刑事裁判で弁護側の「大上さんの夫が居眠り運転をし、事故を拡大させた」という主張がさらに大上さんを苦しめる。

福岡地裁は「大上さんの夫が居眠り運転していた」という主張を真っ向から退けたにもかかわらず、ネット上ではこの主張をきっかけにさまざまなデマが拡散したのだ。

「『飲酒運転してたんじゃないか』とか『居眠り運転してたんじゃないか』とか『橋の上で止めて夜景を見てたから追突されたんじゃないか』とか、そういう事実ではないことがなんかもう事実かのように…。そしたら或るとき、壊れてしまって…。夫が見かねて、どうにかしたいと思って考え出したのが、考えたのが、転地療養って方法で…」

事故後心的外傷後ストレス障害『PTSD』となった大上さんは、福岡を離れて生活することを選んだ。マスコミへの取材対応も、弁護士を介した書面のみの発表となり、公の場に姿を見せないようになっていった。

飲酒運転事故が増加 懸念される“風化”

福岡県では2024年、飲酒運転による事故件数が6年ぶりに増加するなど、事故の風化も課題となっている。事故から19年が経過した2025年、大上さんは夫、そして事故後に生まれた子どもたちと10年以上振りに福岡に戻り、新たな生活を始めた。そして飲酒運転撲滅に向けて活動を始める決心をしたのだ。

「29歳で子ども3人を一度になくすなんて耐えがたくて、本当に生きていくことも苦しい、苦しかったんですよね。そんな思いをする人はこれから生まれてはいけないし、一緒にいたあの事故現場で子どもが亡くなっていった私だから伝えられることがある」(※後編に続く)

(テレビ西日本)

テレビ西日本
テレビ西日本

山口・福岡の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。