戦後80年の節目は戦争の風化をどう防ぐかという問題も浮き彫りにしました。

その解決法の一つが技術力。

実際に体験してみると、これまでとはまったく違う感覚で80年前の出来事が迫ってきました。

東京都内のベンチャー企業が開発したのはAI語り部という戦争体験者と対話ができる革新的なシステムです。

モニターに映し出されているのは被爆者の西岡洋さん(93)。

長崎で被爆した西岡洋さん(93):
長崎駅辺りから突如もう街が焼けていて、焼け焦げた死体やそのまま倒れている人が非常に多くなった。

西岡さんは13歳の時に被爆。

当時の記憶を「一部の人が“水をください”と言う。でも私はあげなかった。これをあげたら私が死ぬんだと。消えない悔いになって残っている」と涙ながらに語ります。

助けを求める人に水を渡せなかった。

その後悔の思いも語られました。

このシステムでは、語り部に直接質問することができます。

「どのような気持ちでしたか?」という質問に対し、ほとんど間を置かずに「帰るまでですね、どこまで行ったら家のガラスの割れが止まるだろうと」と、返答する西岡さん

まるで目の前で会話しているかのような臨場感があります。

この対話の秘密はAI技術にあります。

事前に想定される質問の回答を150パターン以上収録。

その中から、AIが最適な回答を瞬時に選びモニターに表示。

対面で語り合うような体験が可能になりました。

語り部と語り合えるシステムについて、開発を主導した株式会社シルバコンパス代表取締役・安田晴彦さんは「(語り部の)生の声を聞いてその場で生まれた疑問点などを、ご本人に確認するという作業ができるのでより体験として記憶に定着しやすい」と話します。

この語り部プロジェクトは現在、公共施設や学校そして海外にも広がりを見せています。

中学生:
当時とても凄絶(せいぜつ)だったんだなと思った。

87歳の野田多満子さんも語り部の一人。

今も空襲の記憶が音とともに蘇るといいます。

野田多満子さん(87):
戦争で爆弾一つでみんな吹っ飛ばされてしまう。戦争だけは世の中からなくすように。

戦後80年語り部の記憶はAI技術によって次世代へと受け継がれています。