■安曇野の大地が育む「農家ビール」の魅力 〜 米と水とホップの物語
北アルプスの麓に広がる安曇野の豊かな水と風土。この地で、かつてIT関連企業の役員だった男性が、独自の発想で個性あふれるクラフトビールを生み出しています。お米を使った日本らしい味わい、安曇野産のリンゴの香り、自家栽培のホップの爽やかさ。土地に根ざした「農家ビール」を求めて、県内外から多くの人が訪れています。
■サラリーマンから醸造家へ 第二の人生に選んだのはビールづくり
IT関連企業で30年以上のサラリーマン生活を送り、取締役まで務めた原田一彦さん。定年前に思い切って退職し、昔から関心があった「形に残るものづくり」の世界へ踏み出しました。その挑戦の舞台として選んだのが、クラフトビールでした。
「クラフトビールは元々好きでしたし、ホップにも関心がありました。さすがにビール作りは初めてでしたが、何でもやってみようという精神で始めました」と原田さんは振り返ります。
安曇野ブルワリーでクラフトビールづくりに挑んで今年で3年目。これまでに重ねた仕込みは約200回。そのひとつひとつに工夫を凝らし、自分の味を磨いてきました。今では県内外の飲食店からも注文が入るようになり、あるホテルでは「お客様も最初は珍しさから注文されるんですが、2回目、3回目とリピーターになる方が多く、毎月、1番の売上」と評価されるまでになっています。
お米のビール ―安曇野の水田から生まれた独創的な味わい
2018年の酒税法改正により副原料の使用が広がったことで、地域の個性が光るクラフトビールが誕生し始めました。原田さんがこだわったのは「お米のビール」です。
「お米と言えば日本酒。そのコクとキレをいかに活かせるかということに意識しました。そのためにお米を炊飯から始めていて、仕込みの仕方はこだわっています」
仕込みに使う米の量は60kg。「ちょっとした炊き出しぐらいの量」と原田さんは笑います。他のお米のビールと違う点は、麦汁に対してお米を足すのではなく、先にご飯を炊いてから麦芽を入れる方法。「そこが他社とは違う、味につながってるのかな」と原田さんは自信を見せます。
この独自製法で作られた「安曇野爽風セゾン」は、ジャパングレートビアアワーズで3年連続受賞の自信作。試飲したお客さんからは「若干の甘みがあるのは、お米の味かもしれません。苦みというより、甘みがあって飲みやすいですね」、「米は初めてですね。日本酒っぽい味がする」といった声があがりました。
■畑から始まる「農家ビール」 ―安曇野産100%への挑戦
安曇野ブルワリーの特徴は、ビールの原料を自ら育てていること。その姿勢から、地元では「農家ビール」とも呼ばれています。オーナーの斎藤岳雄さんは、安曇野で米をはじめ、小麦や大豆など多くの農作物を栽培。さらに、ビールに欠かせない大麦も手がけています。
「農家なので、自分の作ったもので製品にしたい。麦は、一番ビールには欠かせないですからね。オール100%安曇野でクラフトビールを目指しています」と斎藤さんは語ります。
醸造を担う原田さんも畑に足を運び、共に作業を行います。「風の通りもいいし、山も近い。空気も水もきれい。これが麦芽になって手元に届いたら、テンション上がりますよね」と目を輝かせます。
ビールの香りと苦みに欠かせないホップにも、一切の妥協はありません。安曇野ブルワリーでは、かつて長野県で開発され、今では生産者が限られている希少品種「信州早生」を自社栽培しています。
「この品種は爽やかで、キツさはなくて、レモンのような柑橘系の香りのある品種」と斎藤さんは説明します。
安曇野の水、麦、そしてホップ。この土地でしか生まれない味を追求する日々は続きます。
「おいしいといっていただいてますが、先は長いです。地元のものにこだわって作り込んでいくのがうちの特徴。作り込むものをいかに特徴を出すか。さらには、おいしいものにしていくか。新しいビール造りに反映させていきたい」と原田さんは、さらなる高みを目指す決意を語ります。
※本記事は、NBS「フォーカス信州」2025年7月25日放送回
「信州クラフトの味~つくる人と、味わう人と。~」をもとに構成しています。