「勝者のいない討論会」と多くの国民に“酷評”されたトランプ大統領と民主党候補のバイデン前副大統領の“初対決”である、第1回大統領候補テレビ討論会は、中西部のオハイオ州で開催された。

オハイオ州といえば、4年に一度の大統領選挙当日のニュースを見ていると、毎回必ず、何度も耳にする場所だ。
共和党、民主党の勢力が拮抗する激戦州、「スイング・ステート」であるオハイオ州の開票状況は結果を占う重要な指標で、1964年以降、この州で勝利を収めた候補が大統領の座についていることから、両陣営とも絶対に落としたくない州だからだ。戦いの激しさゆえ、「バトルグラウンド・ステート」とも称される。
今回、討論会の直前に、オハイオ州の北部の街をいくつか取材すると、さっそく“バトル”な場面に出くわした。
スイング・ステートでご近所戦争勃発!?
「アメリカを偉大に!トランプ」と書かれた大きな旗や看板を掲げる家。その、2メートルほど離れたお隣の家には「バイデン2020」と書かれた、同じく大きな旗。まるで競い合っているかのように、旗のサイズや枚数も、ほぼ同じだ。

ご近所付き合い、気まずくはないのだろうか?
“トランプ旗”を掲げる家の住人に話を聞いてみた。
「お隣さん?ナイスガイだよ。彼らも、私たちも看板を立てるのを楽しんでいるよ!挨拶はするけど政治の話題をしないよ!隣人とは親しくありたいからね」
隣町でも同じような光景に出くわした。
「トランプ」看板のお向かいさんに、「バイデン」看板。
やはりオハイオ州はバトルの最前線だ。
窓ガラス割れ・・・まるで”廃墟”
オハイオ州といえば、隣接するミシガン州やペンシルベニア州など、アメリカ北東部や中西部に位置する、かつて製造業が栄えた州のひとつだ。「さび付いた(Rust)」との意味から、「ラストベルト」と呼ばれていて、2016年の大統領選挙では白人労働者層から支持を集め、トランプ大統領誕生を後押しした原動力の地といわれる。

アメリカに雇用を取り戻す、と約束しつづけてきたトランプ大統領だが、4年間で“さび”は取り除けたのか。ウォーレンという街で車を走らせていると、目に飛び込んできたのは、「廃墟」のような建物だ。窓ガラスのほとんどは割れ、窓枠はさび付いている。破れたカーテンが風にあおられ揺れている以外は、時が止まったようだ。

唯一、稼働している工場があるが、見える人影は、敷地の割には圧倒的に少ない。その一角にレストランがあった。オーナーのニックさんが、気さくに周囲を案内してくれた。
「あの先には大手家電メーカーもあったし、電気関係の工場もあったんだよ」
“ニックおじさんのフライドチキン”の文字が看板に踊るレストランにも、変化があったという。
ニックさん:
この周辺の工場には、3万人は働いていたこともあったね。ランチタイムには50人も60人も客が来ていたさ。今は全然違う。

「この状況にうんざり」4年前はじめて共和党に投票
ーー何があったんですか?
ニックさん:
工場が出ていったんだよ。アラバマ州や、ミシシッピ州や、メキシコにね。80年代に始まった。
だんだんと活気が失われていく地域をみ続けて十数年が経過した2016年、トランプ氏が大統領候補として現れた。“アメリカを再び偉大に”というスローガンを掲げて。
ニックさん:
俺は人生で民主党候補にしか投票したことがなかった。でも、2016年ははじめて、トランプ氏に投票したよ。この地域も、ずっと民主党候補が勝利していたけど、はじめて共和党候補が勝ったんだ。
ーーどうしてですか?
ニックさん:
みんな変化が欲しかったんだよ。もうこの状況にうんざりしたのさ。今回?誰に入れるかはまだわからないよ。トランプ大統領も(これまでのリーダーと同じ)政治家ってことがわかったからね。
4年前のニックさんの興奮は、少しずつ熱が冷めていた。

“ビッグ3”工場撤退の衝撃
そんなオハイオ州に衝撃のニュースがかけめぐった。アメリカの自動車大手ビッグ3のひとつ、ゼネラルモーターズ(GM)のオハイオ州にある大規模工場が2019年、閉鎖したのだ。減産と撤退の方針は以前から発表されてきたが、トランプ大統領は就任後、工場閉鎖を批判、「必ず雇用を取り戻すから、家を売らない方がいい」などと発言をしてきた。
結果的に、この工場で働いていた従業員はほぼ全員が別工場へ“配置転換”となったが、片道数時間かけての通勤を余儀なくされたり、家族と離れて1人暮らしせざるをえない労働者も多いという。広大な工場跡地には、電気自動車のバッテリー工場が2021年に稼働し、雇用は数百人規模となる見通しだが、一時は従業員が1万人以上いたという頃に比べると格段に少ない。

この工場には、すでに新会社のロゴと看板が掲げられていたが、街はどうなっているのだろう?従業員が憩いの場として訪れていたというカフェは、閉店している。カウンターテーブルが残されている以外は、がらんどうだった。「FOR SALE」という張り紙が貼られていた。

カフェの隣にある、ガソリンスタンド兼売店には、住民の往来が時折ある。そこで働く女性に、ここ数年の変化を聞いてみた。
「GMが徐々に生産体制を縮小するにつれて、売り上げは半分になったわ。今は新工場の建設もあるので、少しだけ、戻っているけどね」
前回はトランプ氏、今回はバイデン氏に投票
こうした街の変化を肌で感じ、「裏切られた」と感じる住民もいた。
移動式フードトラックを営む、トレイシー・パーカーさん。4年前はビジネスマンとしての手腕に期待し、トランプ大統領に投票した。今回はだれに投票するのか問うと、ため息をついた。
パーカーさん:
難しい選択だ・・・でも、今投票しろといわれたら、バイデン氏に入れるよ。
理由は多岐にわたる。過激なツイートでアメリカに恥をかかせたこと、新型コロナの対応、そして、やはりGMの撤退だ。
パーカーさん:
工場撤退自体は、トランプ大統領の直接の責任ではないと思う。ただ、もっと一生懸命、撤退を阻止するために努力できたはずだ。その努力は足りていない。
パーカーさんの移動式フードトラックは、近隣州を含めたイベント会場を回るため、新型コロナウイルスの影響により売り上げが壊滅的となった。GMの影響も少しはあるとみている。何より心配なのは、街の人口流出に伴う税収減少だ。
パーカーさん:
GMは街のみんなを豊かにしてきた。税金など多くのお金が出て行ってしまう。地域の学校運営にもきっと影響が出てくる。

売り上げ半減でも「トランプ大統領のせいじゃない」
パーカーさん含め、この街の人の話を聞いていて気になったのは、「GM工場の閉鎖はトランプ大統領のせいではない」という点だ。パーカーさんは「もっと対策を打って欲しかった」という理由でトランプ支持をやめた。
一方で、前述の、“GM閉鎖で売り上げ半減”のガソリンスタンドで働く女性も「トランプ大統領のせいではない」と捉え方は一緒だが、「失われた雇用は少しずつ戻りつつある」と感じていて、トランプ支持を変えないつもりだというのには、正直驚いた。
実際、GMの減産体制や閉鎖はトランプ大統領が就任して決まったことではないし、もっといえば、ラストベルト地帯の工場撤退の流れは、80年代から続いていたことだ。決め手は、就任以降の4年間で「どれだけ変わったかの実感」と、「雇用回復への期待感」なのだろう。
私が歩いたラストベルトは、“大変身”は遂げてはいない。そこに失望を抱く人もいれば、「これからやってくれそうだ」という人もいて、それぞれが“通信簿”をつけている真っ最中だ。決戦を1カ月後に控えたスイング・ステートは、今、文字通り揺れている。
【執筆:FNNニューヨーク支局 中川真理子】
【撮影:ムローザ敏男/取材:平田デニス】