2024年10月に発生した、首相官邸での車両突入と、自民党本部での火炎瓶投てき事件。日本の政治の中心地で、テロ事件を起こした臼田敦伸容疑者について、警視庁は、特定の組織に属さない単独テロ犯「ローン・オフェンダー」と見ているが、臼田容疑者の「Lone(ローン)=“単独”」性を高める事実が明らかになった。

首相官邸・自民党本部“襲撃”事件を起こした臼田敦伸容疑者(2024年10月)
首相官邸・自民党本部“襲撃”事件を起こした臼田敦伸容疑者(2024年10月)
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臼田容疑者は事件の数カ月前から、、「山上」「木村隆二」さらには「ローン・オフェンダー」などと、インターネットで検索していた履歴が残っていたことが新たに分かったのだ。

左:2022年に安倍元首相襲撃した山上徹也被告 右:2023年に岸田前首相を襲撃した木村隆二被告
左:2022年に安倍元首相襲撃した山上徹也被告 右:2023年に岸田前首相を襲撃した木村隆二被告

「山上」とは、2022年に奈良市で安倍元首相を殺害した罪に問われている山上徹也被告を、「木村」は2023年に和歌山市で岸田前首相を殺害しようとした罪に問われている木村隆二被告の名前だ。
今回起きたテロ事件で、「ローン・オフェンダー」としての周到な計画を、新たな事実とともに振り返る。

「3度目の襲撃は起こさせない」警察の覚悟

2024年秋の衆議院選挙。全国の警察は「覚悟」に包まれていた。安倍晋三元首相の事件、岸田文雄前首相襲撃事件-選挙期間中の要人襲撃が2年連続したことで、「3度目はあってはならない」との覚悟は、警察幹部と会話を交わすたび、にじみ出ているように見えた。

「つばさの党」の選挙妨害事件(2024年4月)
「つばさの党」の選挙妨害事件(2024年4月)

さらに、2024年は「つばさの党」の選挙妨害事件、東京都知事選挙での「わいせつポスター」や「掲示板ジャック」など、これまででは考えられない選挙活動が相次ぐ。

演説中に銃撃されたトランプ次期大統領(2024年7月)
演説中に銃撃されたトランプ次期大統領(2024年7月)

アメリカでは選挙演説中にトランプ次期大統領を狙った暗殺未遂事件も発生。もはや選挙は何があってもおかしくない―。

警察庁の露木康浩長官
警察庁の露木康浩長官

警察庁の露木康浩長官は、「いまこそ警護の真価が問われるとき」と発言。不審者の行動を検知するため「AIカメラ」などの最新資機材が導入されるなど、警備を含めた経費は、前回衆院選より2億円以上が増額された。

警察にとっても「負けられない闘い」であるこの衆院選。公示から5日目、10月19日に事件は起きた。

記者が見た直後の現場「カラフルな大量の箱」

そんな日曜の早朝、白いワゴン車による数分間の“襲撃”が始まった。筆者は「ゲリラ事件の可能性」との一報を受け、6時30分頃には自民党本部前に到着した。アスファルトの地面に、白っぽい跡が残っているように見えたが、警察官と消防隊員が動くその奥では何が起こっているのか、よく見えない。

もう一つの現場である首相官邸に向かうため、国会図書館や議員会館の前を早足で移動すると、小さめの、白いワゴン車が、官邸入り口の柵に突っ込んでいるのが目に入った。

現場にあった色とりどりのポリタンクにはガソリンが入っていた
現場にあった色とりどりのポリタンクにはガソリンが入っていた

「とんでもないテロ事件だ」と感じた次の瞬間、視線を右にやるとカラフルな箱が並んでいたのに気がつく。のちにガソリンが入ったポリタンクと判明するその箱は、朝の光に照らされ色とりどりに見え、「ゲリラ事件」の言葉の響きに似つかわしくない光景だなと思った。そして白いワゴン車は、天井部分に、照明器具のようなものが複数、設置されているように見えた。これが、本当にテロを起こした車なのか?

そして、合流したカメラマンがファインダーをのぞきながら「カセットコンロみたいな箱と…殺虫剤が見える」とつぶやいた。

殺虫剤やワインボトル…日用品が“道具”に

このように、筆者やカメラマンが現場で見たものは、いずれも「家の中にあるもの」、もしくは「すぐに手に入るもの」だった。その後の取材で、臼田容疑者が“襲撃”のため準備した「道具」がさらに明らかになる。

自民党本部前で臼田容疑者は「高圧洗浄機」と「クマ撃退スプレー」噴射した
自民党本部前で臼田容疑者は「高圧洗浄機」と「クマ撃退スプレー」噴射した

臼田容疑者が身につけていたのは、「黄色いタイベックスーツ」に「ガスマスク」。自民党本部前で噴射したものは、「高圧洗浄機」と「クマ撃退スプレー」で、機動隊員に投げつけた火炎瓶は「スリム・ワインボトル(450ミリリットル容量)」。前述した「カラフルな大量の箱」は、21個のポリタンクで、中身はほとんどがガソリンだった。さらに、車からは「車のスピーカーから「ワーニング、ワーニング、危険です、危険です」などの音声を流していた。

「山上」「木村」と検索しながら…自宅で準備か

ワインボトルなど簡単に手に入る「道具」もあれば、なかなか一般生活では購入する機会が少ない「ガスマスク」など、さまざまだ。それらの準備をした“時期”が、今回FNNの取材で明らかになった。

▼2024年 春ごろ    火炎瓶を作るためのガラス瓶の購入を始める
▼2024年 8月~9月頃 「山上」、「木村」の名前を検索
▼2024年 10月「ローン・オフェンダー」「ローンウルフ」などと検索
※「ローンウルフ」は「ローン・オフェンダー」と同義語

ガラス瓶が25個押収された臼田容疑者の自宅
ガラス瓶が25個押収された臼田容疑者の自宅

臼田容疑者の自宅からは25個のガラス瓶も押収されていることから、自宅で火炎瓶製造を着々と進めていた可能性がある。安倍元首相銃撃事件の山上被告も自宅で手製の銃を製作していたほか、木村被告も岸田前首相に向けて「手製の爆発物」を投てきした。

犯行を計画しながら、山上・木村両被告の事件を参考にしたのか。手口だけでなく、自分が「ローン・オフェンダー」の意味を調べながら、自らがそうであるという自覚を高め、犯行に向かっていったのか。逮捕以来、完全黙秘を貫く臼田容疑者の謎に迫る「検索履歴」といえる。

「ローン・オフェンダー」専門捜査部隊を新設へ

こうした組織に属さない「ローン・オフェンダー」の兆候をどうつかみ、テロの未然防止にあたるのか。警視庁は臼田容疑者の事件の前から組織改編を計画していて、2025年4月をめどに創設する。

現在は、右翼団体や過激派(左派)を専門とする部門がそれぞれ「課」として置かれているが、2025年4月以降は、既存の「公安1課」から「公安4課」の名前を残しながら組織改編し、「ローン・オフェンダー」を専門に捜査する課は、「公安3課」という名称で新設される。これは全国で初の試みだ。

「ローン・オフェンダー」は、犯行の予兆をつかみにくいとされている。これまでは、危険人物を探すための情報収集を行う部署と、ホームセンターなどの店舗で爆発物の原料となる化学物質を購入した人物の身分確認などの対策を行う部署が分かれていたが、新設される“ローン・オフェンダー課(公安3課)”では一元化される。また、刑事部や生活安全部などの別の部門が、職務質問やパトロールで得た前兆情報を集約して捜査するなど、まさに組織を挙げて「ローン・オフェンダー」に対処するという。

逮捕以来、完全黙秘を貫く臼田敦伸容疑者(2024年10月)
逮捕以来、完全黙秘を貫く臼田敦伸容疑者(2024年10月)

完全黙秘を貫く臼田容疑者の事件では、まだまだ真相が解明されていない部分も多い。日本の政府中枢を狙った前代未聞の事件―。同様の犯罪は、「ローン・オフェンダー専門部隊」の新設によって今後、どれだけ未然に防いでいくことができるのか、新たな取り組みを注視したい。
(社会部・警視庁キャップ 中川真理子)

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。