猛暑が続く2025年の「大暑」。石川県でも猛烈な暑さが続く中、都市部の暑さを逃れ、清涼感あふれる隠れた名所を求めて足を運んだのは、金沢の文豪も作品の舞台に選んだ「ひんやり秘境」だった。
文豪泉鏡花が描いた「黒壁」の舞台へ

まず目指すのは、金沢の文豪・泉鏡花の怪談小説「黒壁」の舞台となった黒壁山薬王寺。鏡花はこの地を「加賀国随一の幽寂界」と表現した。車を走らせ案内看板を頼りに進むと、静寂に包まれた寺院に到着した。

境内に足を踏み入れると、「九萬坊大権現」と記された古びた金文字の看板が目に入る。開創は約1300年前の奈良時代にさかのぼり、廃仏毀釈で一時途絶えた、現在の住職・青木大樹さんは5代目だ。

青木住職は寺の由来について語る。「このお山では九萬坊大権現、八萬坊大権現、照若坊大権現という3体の神様をお祀りしており、中心は九萬坊様です。九萬坊様は仏教でいう十一面観音にあたり、どこにおいても困った人を助けに行かれる働きをされます。」

さらに興味深いのは、前田利家の正室・お松の方にまつわる言い伝えだ。「お松の方の手鏡に妖怪が映り、不吉なことが起きるのを恐れて天狗の像3体を作らせ、こちらに奉納したと言われています。それ以来、その妖怪は収まったという言い伝えがあります。」と青木住職は説明する。

九萬坊様と天狗の関係については「天狗さんは九萬坊様のお使いという主従関係があるんです。」と教えてくれた。泉鏡花がこの地を小説の舞台に選んだのも、こうした不思議な言い伝えに惹かれたためかもしれない。

奥の院へ続く神秘的な山道
「黒壁」の舞台となった奥の院へ向かう。参道入口の気温計は27℃を示していた。言い伝えにある天狗3体は、この奥の院に奉納されているという。

滑りやすい石段を慎重に進む。道は苔むし、周囲は鬱蒼とした木々に覆われている。小川のせせらぎが耳に心地よく響き、木漏れ日が道を照らす。単にひんやりとしているだけでなく、目でも涼を感じる空間だ。

「アスレチックみたいだ」と急勾配の道を上りながら感じる。やがて到着した奥の院は、岩をくり抜いたような空洞の洞窟。中に天狗様が奉納されているという。周囲の空気は引き締まり、立つだけで背筋が伸びる思いがした。

「金沢にこんなに非日常的な場所があるなんて驚いた。鏡花がこの場所を舞台に選びたくなったのも、なんだか分かるような気がする。」と感じずにはいられなかった。

AIが導いた秘境「額谷石切場跡」
続いて向かったのは、金沢市南部、額谷ふれあい公園近くにある「額谷石切場跡」。この場所はAIに「金沢市のひんやりスポット」を尋ねたところ、「洞窟内は夏でもひんやりしていて、まさに秘境感たっぷり」と紹介されたことがきっかけだった。

現地を詳しく知る坂井利男さんの案内で石切場跡に向かう。坂井さんは草刈りや熊対策のために 鎌がついた長い棒を手に持っていた。「一瞬びっくりしました」と声をかけながら一緒に山道を進む。

やがて目の前に広がったのは、いくつもの大きな洞穴が口を開けた光景。洞穴からは冷たい空気が流れ出し、まるで天然のクーラーだ。温度計で測ると26℃。周囲の気温と比べて涼しさを感じる。

「これは奥行き40mから50mほどあり、横にも繋がっています。地下の冷たい空気が出てきているんだと思います。」と坂井さんは説明する。落盤の危険があるため中に入ることはできないが、「石切場というより神殿のよう」と神秘的な雰囲気が漂う。

額谷の石は昭和30年代まで採掘され、「水に弱いが火に強い」という特性から、主に釜戸を乗せる「竈石」として重宝されていたという。

「お父様がこの辺りで働いていたんですか?」との問いに、坂井さんは「別の石切場で最後まで商売をしていました。小さい頃の思い出があります。」と語る。父親の仕事を真似て遊んだ子ども時代の記憶が、今も坂井さんの中で生き続けている。

黒壁山薬王寺は4年後の2029年に、50年に一度という御開帳を迎える。本当のご本尊は僧侶の姿をなしているといい、普段見られる天狗の姿は仮のご本尊だという。また7月末には1300年の歴史で初めてホームページが開設される予定だ。

夏の暑さから逃れて訪れた二つの「ひんやり秘境」は、単に涼しさを求めるだけでなく、金沢の深い歴史と文化、人々の記憶が刻まれた場所だった。汗をかきながら歩いた先で見つけた「涼」は、身体だけでなく心までも癒してくれる特別な体験となった。

(石川テレビ)