「ただこれまでのように生活したい」。
戦争開始から3年以上が経過した今も、多くの市民が平和な日常を奪われ続けています。
ウクライナで暮らす人々、最前線の現状を紛争地帯の取材経験豊富なジャーナリスト、アジアプレス・玉本英子さんが取材しました。
■ウクライナの子どもに希望与える日本の「アニメ」「マンガ」
今や世界中で親しまれている日本の漫画やアニメ。ウクライナの若者たちも、日本と同じようにアニメファンとして楽しんでいます。しかし彼らの日常は、常に戦争と隣り合わせです。
【ウクライナの若者】「人生の過酷な状況に立ち向かうアニメのストーリーを見ると、今、起きていることを忘れさせてくれるんだ」とあるファンは語ります。
前線から離れた町は、一見平穏に見えますが、戦時下にあるウクライナでは連日ミサイルや自爆ドローンの攻撃にさらされてきました。
■深夜の爆撃は「日常風景」
【ジャーナリスト 玉本英子さん】「現在午前3時50分です。外は真っ暗ですが、夜空に対空砲火の発射音が連続して響き渡っています。危険ですので、今私は窓から離れ、壁に囲まれた洗面所に避難しています」
こうした恐怖の夜はもはや特別なことではなく、日常の一部となっています。
この日も、防空部隊が防ぎきれなかった一部の自爆ドローンは倉庫や住宅に着弾し炎上しました。
街の広場には、ロシア軍が残した兵器が展示されています。その中には「シャヘド」と呼ばれる自爆攻撃ドローンもあります。
【アジアプレス・玉本英子さん】「これは自爆型攻撃ドローンです。翼の端から端までが大体2メートルほどあります」。
元々イランから提供されていた「シャヘド」は、現在ロシアがライセンスを得て量産し、ミサイルと共に多くの民間被害を生んでいます。
■奪われた学びの場 授業が行われるのは地下のシェルター
ロシア軍との激しい攻防が続く東部の前線に近いドネツク州のクラマトルスク。
ロシア軍の侵攻直後の2022年、ミサイルによって破壊された公立学校は、今もそのままの状態で放置されています。かつては当たり前のようにあった学校生活、学びの場は奪われてしまいました。
安全上の理由から、現在ほとんどの学校がオンライン授業に移行していますが、クラマトルスク市内では今でも対面授業を続けている場所がありました。
いつミサイルが飛んでくるかもわからないため、授業が行われるのは地下のシェルター。幼稚園児と小学校低学年の児童たち、およそ50人が通っています。
■7歳の男の子「一番好きなことは”勉強”と遊ぶ”こと」
ここでは共に学び、共に遊ばせ、コミュニケーションを取ることに力を入れています。
【ハンナ・オシェプコヴァ代表】「子どもたちは社会性を身につけることができていない状態です。そして、どの子も心に傷を負っています。家を失った子、避難した子だけでなく、戦闘地域にいない子でも何が起きているのか、よく分かっています」
そんな状況の中でも見せてくれる無邪気な姿。
「1番好きなことは何?」という質問に、アントンくん(7)は、「勉強することと、遊ぶこと」と答えました。
「どんな遊びが好きかな?」との問いには「石、はさみ、紙の遊びだよ」と返ってきました。
「じゃんけん」です。
しかし、ここの授業もいつまで続けられるかは分かりません。
■「人間の知性を何かに役立てるのではなく、ドローンでの殺し合いに使うなんて」
隣町のスラビャンスクもまた、繰り返しロシア軍の攻撃を受けています。
ことし3月、ミサイルが住宅街を襲い、ある夫婦の自宅前で爆発しました。爆発の衝撃と爆風で家の脇のガレージが吹き飛び、住宅も大きな被害を受けました。
【妻・ネリアさん(58)】「ほら見て。屋根が持ち上がったのよ。そして換気口が引き飛ばされたの」
ガスが止まって料理もできない中、夫の障害者年金と国連からの支援食料などで生活をつないできましたが、家の修理はままなりません。
夫のセルゲイさんは30年前、交通事故で視力を失った視覚障害者です。
【夫・セルゲイさん(59)】「お茶を飲もう。ネリア、愛しているよ」
【妻・ネリアさん(58)】「朝起きると、毎日、何回も『愛してる』って言うわ。本当よ。私のことを『暗闇の世界に差し込む光』って。彼にとって、私は太陽だって」
「日常生活で大変なことは何ですか?」という問いに、セルゲイさんは「何もかもが壊されてしまったことです。そして、人間がずっと互いに殺し合っていること。人間の知性を何かに役立てるのではなく、ドローンでの殺し合いに使うなんて」と嘆きます。
一向に終わらない戦闘。ロシア軍が迫る地域には避難命令が相次いで出されています。
■故郷が戦場に…避難を強いられる16歳の少女
東部の激戦地の1つポクロウシク。攻撃はその近郊の町や村にも及んでいます。
シャホヴェ村は取材した4月時点でロシア軍が13キロまで迫っていて、多くの住民が続々と避難する一方、一部は村に残っていました。
軍用車両が頻繁に行き交うこの町でも、学校は無残に破壊されていました。授業はオンラインになり、友人たちと会う機会は滅多にありません。
【ヴァルヴァラさん(15)】「向こうから何度も爆発音が聞こえます。戦闘機や攻撃音、発射したり打ち落とされる音、ドローンもとても怖い。自分だけではなく、他の人のことも心配です」
「願いは何ですか?」という問いに、マヤさん(15)は「平穏な生活です」、イワンさん(16)は、「1キロ先の村では避難命令が出ました。ここは自分の村だから、もちろん去るのは嫌です」と答えました。
その後、村への攻撃が一層激しくなったことで、5月上旬、シャホヴェ村の住民に避難命令が出され、子供たちは村を去らねばならなくなりました。
同じドネツク州の別の村でも避難命令が出て、親子が村を離れるところを取材しました。
ロシア軍の激しい攻撃で故郷を捨て、友人とも離れ離れにならざるを得ない現実。不安を抱えながら出発していきます。
■突然の避難命令 持ち出せたのは「宝物のぬいぐるみ」
ウクライナ中部チェルカスィ。シャホヴェ村で出会った少女マヤさん姉妹の家族は、車で10時間かかるチェルカスィ近郊の村に避難していました。
突然の避難命令で持ち出せたのは、身の回りのわずかなものだけでした。
マヤさんが持ってきたのは、宝物のぬいぐるみです。
【マヤさん】「住宅に爆弾が落ち、ドローンが車を攻撃しました。ミサイルは家にも落ちてきて、人が亡くなりました。毎日泣いていました。こんなことをした人たちに、怒りがこみ上げてきました」
■「ただこれまでのように生活したい。それが願いです」
【マヤさん】「村が占領されないでほしい。私たちも友達もみんな村に戻れるように。ただこれまでのように生活したい。それが願いです」
前線から離れたウクライナ中部クリヴィーリフでも4月4日、住宅街をミサイルが襲い、近くで遊んでいた子ども9人を含む、19人が犠牲になりました。
6月17日には首都キーウにも大規模攻撃があり、20人以上が命を奪われました。
日常生活のすぐ隣できょうも犠牲者が増えていく、終わりの見えない戦争。
最も力のない市民を苦しみへと追いやっています。
(アジアプレス 玉本英子)
関西テレビ「newsランナー」2025年6月24日放送