民間初の月面探査に挑戦

日本の民間企業として初の月面着陸を目指す宇宙ベンチャー企業「ispace」(アイスペース)。2025年6月、2度目の月着陸の挑戦は失敗に終わったが、ispace社の宇宙にかけるロマンを熱く応援する研究者がいる。東北大学大学院工学研究科で宇宙探査工学が専門の吉田和哉教授だ。

仙台放送
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失敗の原因は「ハードウェア異常」

日本時間6月6日未明、ispace社の月面着陸船「レジリエンス」は、着陸予定時刻の約2分前に通信が途絶え、月面に衝突したとみられている。ispace社は6月24日、月面までの距離を測定する装置のハードウェア異常が要因だったと発表した。最高経営責任者(CEO)の袴田武史氏は24日の記者会見で「着陸センサーを改善する」と述べた。

月着陸の様子を見守るispace社
月着陸の様子を見守るispace社

元最高技術責任者の東北大教授「次につなげて」

ispace社の元最高技術責任者(CTO)で東北大学の吉田和哉教授も6月6日、都内で月着陸の挑戦を見守った。吉田教授は「率直な気持ちとしては残念。ぜひ成功して日本全体を盛り上げてほしかった」と取材に語った。一方で、「本当にすごくいいところまで行っていた。月面から高さ192mまでのデータは取れていた。つまり最後の100~200mで何かが起きてしまった。前回も最後の高度を測るところで問題があった。詰めの部分で課題が残っていたことは事実で、いち早く課題を解決して次につなげてほしい」と期待を込めた。

吉田和哉教授(2025年6月取材)
吉田和哉教授(2025年6月取材)

きっかけはGoogleの挑戦状

ispace社はCEOの袴田武史氏と東北大学の吉田和哉教授らが、2010年に月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」への参加検討を開始したことをきっかけに設立された。国際的な月面探査レースで、ミッションを達成したチームには賞金が支払われる。2010年に吉田教授を中心に日本支部が立ち上がり、袴田氏は資金調達などを担当した。その後、チーム名を「HAKUTO」に変え、袴田氏はispace社を設立。HAKUTOは、吉田教授らが開発した月面探査車の性能の高さが認められ、2015年にレースの「中間賞」を受賞した。「Google Lunar XPRIZE」は期限内に達成チームが出ずに終了したが、ispace社はこのレースがきっかけで独自に月面探査に挑戦するプログラム「HAKUTO-R」を2018年に立ち上げた。アメリカのSpaceX社と契約し、民間主導による月面探査に挑んでいる。

袴田武史CEO(画面中央)
袴田武史CEO(画面中央)

東北大学が支える月面探査車の技術

吉田教授は2003年にJAXAが打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」の開発にも携わるなど、長年、月・惑星探査車(ローバー)を研究テーマに取り組んでいる。月の表面を探査するロボットには、砂で覆われた荒地を自在に走り回るための能力が求められる。こうした吉田教授の研究成果がispace社のローバー技術の基礎となっている。

月面探査車の走行実験(2006年取材)
月面探査車の走行実験(2006年取材)

極限環境を探査する

宇宙ロボットの技術は災害現場で活躍する「レスキューロボット」にも応用されている。2011年3月の東京電力福島第一原発事故では、吉田教授らの共同研究グループが開発したロボットが事故直後の原発建屋内に投入された。当時まだ全貌がつかめなかった建屋内部をくまなく探査し、冷温停止に向けて大きな役割を果たしたという。通常、電子機器は高い放射線下で誤作動を起こす可能性がある。吉田教授は「より放射線の強い宇宙環境下で機器を動かし続けてきた実績が生きた」と振り返る。

レスキューロボットの走行実験(2006年取材)
レスキューロボットの走行実験(2006年取材)

宇宙にかける長年の夢

今から約20年前の取材で吉田教授は熱い思いを語っていた。「ロボットはフロンティアを開拓していく技術。私たち人間ができないことをロボットが実現する時代がこれからやってくると考えている。ミクロの世界から宇宙のような広がりを持った世界まで、私たちの生活を支えてくれるようなロボットの技術開発を目指して、チャレンジを続けていきたい」

吉田和哉教授(2006年取材)
吉田和哉教授(2006年取材)

受け継がれる東北大学のDNA

吉田教授はすでにispace社の最高技術責任者(CTO)を退任しているが、その情熱と技術は今もispace社の技術者に受け継がれている。現CTOの氏家亮氏は、東北大学大学院の理学研究科を修了した。氏家氏は会見で「ここで立ち止まるのではなく、しっかり次に反映して、我々が目指すゴールに向かって進んでいきたい」と次の挑戦に意欲を示した。また、吉田教授の研究室で学んだカナダ人のジョン・ウォーカー氏は、ispace社で月面探査車を開発に携わっている。

氏家亮CTO
氏家亮CTO

「夢を現実に」宇宙への挑戦は続く

ispace社は今回のデータをもとに、2027年に再び月面着陸に挑むとしている。吉田教授は夢に挑む技術者たちの背中を押す。「宇宙は非常に魅力的な領域。その理由の一つが、なかなかたどりつけないこと。だからこそ魅力的。その夢みたいな世界を現実に変えていくということがispaceのスローガンだ。夢の実現に向けて技術をしっかり作って、実現・立証していく。それに専念して結果をぜひ出してほしい」

吉田和哉教授(2025年6月取材)
吉田和哉教授(2025年6月取材)
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