プレスリリース配信元:文化庁
ポイント
- 有珠山で、噴火により絶滅したとされていたタカネハナワラビ17個体を、約半世紀ぶりに再発見。
- 同時に、国内では絶滅寸前であるミヤマハナワラビの新産地を、道内で約半世紀ぶりに発見。
- 絶滅と判定された維管束植物の再発見は極めて稀な事例であり、今後の保全活動が重要。
概要
日本データーサービス株式会社の平野遥人氏、草花堂(兼北海道大学総合博物館ボランティア)の藤田玲氏、国立科学博物館の海老原淳研究主幹、北海道大学公共政策大学院の中山隆治教授、同大学総合博物館の首藤光太郎助教らの研究グループは、これまで国内では絶滅したと考えられてきたタカネハナワラビと、本種に近縁かつ希少なミヤマハナワラビの2種が、北海道有珠山で隣接して生育していることを発見・報告しました。
タカネハナワラビは、国内では1976年に北海道有珠山で一度だけ採集記録のあるシダです。発見の翌年に有珠山が噴火し生育地が壊滅したこと、その後生育記録がないことから、環境省第5次レッドリストで絶滅(EX)とされた26種の維管束植物のうちの1種となりました。ミヤマハナワラビも、国内では北海道と本州中部の亜高山帯でのみ記録があり、環境省のレッドリストでは最も絶滅リスクの高い絶滅危惧IA類(CR)に指定されている国内では極めて希少なシダの一種です。
本研究により、タカネハナワラビが国内では約半世紀ぶりに再発見され、ミヤマハナワラビの貴重な現存集団も新たに発見されることになりました。同レッドリストで絶滅と判定された維管束植物の再発見は、極めて稀な事例です。ミヤマハナワラビは、道内では約半世紀ぶりの発見となりました。ただし確認株数はいずれも少なく、今後保全活動が必要です。
なお、本研究成果は、2025年6月20日(金)発行の植物研究雑誌(Journal of Japanese Botany)の100巻3号(株式会社ツムラが発行する学術誌)に掲載されました。
有珠山で発見されたタカネハナワラビ
有珠山で発見されたミヤマハナワラビ
背景
タカネハナワラビBotrychium boreale Mildeは、周北極地方に広く分布するハナヤスリ科の夏緑性シダ*1です。日本周辺では、千島列島中部やサハリン中部で採集記録があります。栄養葉*2が五角形で、幅が広く荒い鋸歯がある裂片*3をもつこと、胞子葉*4の分枝が少ないことが特徴です(図1)。本種は、国内では1976年に北海道有珠山で初めて確認・報告されました。しかし、翌1977年に有珠山が噴火し、生育地が壊滅しました。その後国内では集団が発見されてこなかったことから、環境省のレッドデータブックやレッドリストでは、これまで絶滅(EX)と判定されてきました。2025年3月に公表された環境省第5次レッドリストでは、絶滅とされた26種の維管束植物、6種のシダ植物のうちの1種となっています。ミヤマハナワラビB. lanceolatum (S.G.Gmel.) Angstr.も、タカネハナワラビによく似た、周北極地方に広く分布する夏緑性シダです。本土周辺ではタカネハナワラビよりも分布密度が高く、千島列島南部やサハリン南部でも採集記録があります。タカネハナワラビと比べて、栄養葉が広卵形で、裂片の幅が狭いこと、胞子葉が基部から複数の房に分枝することで識別できます(図1)。国内では本州中部の亜高山帯と北海道利尻山・浜頓別町で分布記録がありますが(図2)、2018年に実施された環境省の第5次レッドデータブック作成のための調査では、株数が10以下の集団が1地点で確認されたのみにとどまっており、近年の生育記録はごく少数でした。このため、同レッドデータブックでは最も絶滅リスクの高い絶滅危惧IA類(CR)に選定されており、国内では極めて希少なシダの一種です。
日本データーサービス株式会社の平野氏は、2022年に有珠山でミヤマハナワラビによく似たシダを発見しました。希少性が高いこと、発見した場所が支笏洞爺国立公園の特別保護地区内で研究を進めるためには採取許可が必要であったことなどから、北海道大学総合博物館ボランティアである藤田氏を通じて、同総合博物館の首藤助教に相談しました。首藤助教は、研究計画や現地での採集に関して助言を受けるため、それぞれ国立科学博物館の海老原研究主幹と、北海道大学公共政策大学院の中山教授に相談しました。証拠標本に基づいてこの植物を同定し、発見した生育地の現状を明らかにすることを目的に、研究を進めることになりました。
研究手法
2024年6月に、採集許可を得たうえで現地調査を実施し、数株の証拠標本を採集しました。採集した証拠標本や、現地で観察・撮影した植物の形態を、タカネハナワラビとミヤマハナワラビの標本や文献上の記載と比較し、同定しました。また、現地周辺を網羅的に探索したうえで、生育環境、個体数とそれぞれの位置、同所的に生育する植物種、生育範囲の面積といった生育状況を記録しました。なお個体数は、2023年から計数を始めました。また、この集団の由来を推定するため、1977年にタカネハナワラビが確認された場所の位置・生育環境や、今回集団が発見された場所が受けた歴代の噴火の影響などに関する情報を文献や過去の標本ラベルから収集しました。研究成果
平野氏が発見した地点には、形態が異なる二つの集団が生育していました。栄養葉・裂片の形状や胞子葉の分岐といった複数の形質がそれぞれの集団に対応しており、現地で確認したほとんどの株を識別することができました。片方は五角形の栄養葉、幅が広く荒い鋸歯がある裂片、分枝が少ない胞子葉を有しており、タカネハナワラビの特徴によく類似していました。もう片方は、広卵形の栄養葉、幅が狭い裂片、基部から複数の房に分枝する胞子葉を有しており、ミヤマハナワラビの特徴によく類似していました。これら2集団は、隣接するものの混生はしていませんでした。また、採集したそれぞれの集団の標本の形態は、これまでに採集されたタカネハナワラビやミヤマハナワラビの標本や文献上に記載された形態ともよく一致していました。これらの特徴に基づき、研究グループは、有珠山にはタカネハナワラビとミヤマハナワラビの2種が隣接して生育していると結論づけました。発見された株数は、2023年に確認した株数よりも若干増えたものの、2024年時点で前者が17株、後者が40株でした。また、生育面積も、前者が約30 m2、後者が約100 m2と、狭い範囲にごく少数の個体が生育していることが明らかになりました。両者はいずれもガレ場*5に生育していたものの生育環境も若干異なっており、前者はヤナギ属の低木の藪の下に、後者は藪の縁や草地に生育していました。
1977年の有珠山噴火以来、国内では約半世紀ぶりにタカネハナワラビが再発見されました。1997年に公表された環境庁の第2次レッドリスト以降、環境省のレッドリストで絶滅(EX)と判定されたシダ植物が再発見されたのは3例のみで、極めて稀な事例です。また、標高や所属する市町の情報から、今回発見された場所は1977年に確認されていた場所に近いものの、異なる場所であると考えられます。ミヤマハナワラビは、国内では貴重な現存集団の発見となりました。発見された個体数はたった40株でしたが、それでも2018年の調査結果と比べると多くの株数を発見できたことになります。また、北海道内でも、これまで採集記録があった場所から400km以上離れた場所での、約半世紀ぶりの現存集団確認となりました(図2)。
今後の展望・社会への影響
北米では、タカネハナワラビはミヤマハナワラビとヒメハナワラビB. lunaria (L.) Sw.の交雑に起源する異質4倍体種*6であることが推定されています(図1)。これらの種間の遺伝子流動を詳細に評価できるような高解像度のDNA解析手法を利用して、今後有珠山のタカネハナワラビも同様の起源をもつのか調べたいと考えています。ヒメハナワラビも環境省レッドリストで絶滅危惧II類に指定された希少種ですが、有珠山に隣接する洞爺湖の中島で採集記録があり、興味深いです。これにより、なぜタカネハナワラビが国内で有珠山にのみ分布するのかの一端が見えてくるかもしれません。並行して、発見した集団のモニタリングや保全にも取り組んでいきたいと考えています。発見した集団は数年間継続して確認されてはいるものの、集団の規模は極めて小さいです。集団の周辺に多くの外来種が見られること(図3)、草体が小さいために登山者による踏圧の危険性があることなどに注意が必要です。また、国内の自生地が噴火を繰り返す火山に局限される本種をどのように保全すべきか、今後環境省及び火山の専門家も交えて慎重に検討を進めていく予定です。
論文情報
論文名:Rediscovery of Botrychium boreale (Ophioglossaceae), a Fern Species Extinct in Japan, with a New Record of B. lanceolatum on Mt. Usu in Hokkaido(北海道有珠山における絶滅種タカネハナワラビの再発見と絶滅危惧種ミヤマハナワラビの新産地発見)
著者名:平野遥人1、藤田 玲2、海老原淳3、中山隆治4、首藤光太郎5(1日本データーサービス株式会社、2草花堂、3国立科学博物館、4北海道大学公共政策大学院、5北海道大学総合博物館)
雑誌名:Journal of Japanese Botany(植物研究雑誌・植物分類学の専門誌)
DOI:10.51033/jjapbot.ID0284
公表日:2025年6月20日(金)
参考図

図1.タカネハナワラビ、ミヤマハナワラビ、ヒメハナワラビの形態の違いと北米の研究例に基づくタカネハナワラビの種形成のイメージ

図2. 発見した集団のある有珠山(星印)とミヤマハナワラビの北海道における分布記録(青丸)

図3. タカネハナワラビと、同所的に生育する外来種(コウリンタンポポとシロツメクサ)の様子
用語解説
*1 夏緑性シダ … 冬季に地上部が枯れ、夏季を中心に展葉するシダのこと。*2 栄養葉 … 胞子をつけない、光合成のための葉。
*3 裂片 … 葉や花弁の切れ込んだ部分のこと。
*4 胞子葉 … 胞子嚢(胞子が入った袋状の器官)をつけるために分化した葉。ハナヤスリ科では、平面的に広がらない。
*5 ガレ場 … 岩屑が積み重なってできた、不安定な場所のこと。
*6 異質4倍体種 … 二つの祖先種が交配したあと、ゲノムが重複(染色体数が倍化)することにより誕生した種のこと。
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