古古米、古古古米、古古古古米…と政府の備蓄米放出が続いている。政府の狙いはコメの販売価格を下げることだが、農家は2025年産米の値崩れへの不安を抱いている。
◆農業は天候に左右される
コメ農家の声を聞こうと取材が向かったのは、福井市内の安実農場。祖父の代から農業を営む3代目の安実靖司さんは、40ヘクタールの農地でコメやダイズを育てている。
コメを取り巻く情勢が揺れていることについて尋ねると、こんな答えが返ってきた。「コメ問題が過熱しすぎというか…農産物は天候に左右されるので、いつもいつも手に入るものではないと、皆さんに少しは知ってもらえたんじゃないかな。そういう面では良かったのかも知れない」
小泉農林水産相は10日、備蓄米20万トンの追加放出を発表。「明日からまた追加の備蓄米放出します。全く手を緩めるっていう気はないと。できることは何でもやるということを、改めてマーケットの皆さんにお届けしたい。具体的な策を次々投入していきたい」
対象となるコメは2020年産と2021年産で、20年産の価格は5キロあたり約1700円とされている。

福井県内でも、8日から随意契約による備蓄米の販売が始まった。価格は5キロで2000円前後。
安いコメが次々と市場に出回ることについて、安実さんはやはり不安を隠せない。「民間のコメの価格バランスも壊れてしまう部分もあるのかなと不安。どの業者も不足感がまだ強いから、今年の新米は出初めは値段が高く動くかもしれないけど、その後、もしかしたらグンと値段が下がる可能性がある」
市場を支えるのは生産の現場だ。価格が大きく動けば、その土台が揺らぐ可能性もある。

◆生産コスト上昇、余裕ある経営は難しい
安実さんが、格納庫にある大型の農機を見せてくれた。「一番高いのはコンバインですかね。イネやムギの収穫に使う機械で(購入時は)1300万円ほどだったけど、今は2000万円近いと言われているので…買い換えるのが怖いですね。やっぱり兼業農家が少しずつやめていますね。正直、高級車みたいなもんですから」
高額な機械投資。そして、年々膨らむ資材費と燃料費。どれだけコメを作って売っても、余裕のある経営にはつながらない、それが現実だという。

政府の対応について、安実さんはこう苦言を呈す。「ここ1年でコメの収量も戻るので、そんなに増産に踏み切る必要もないと思う。急きょ増産するにしても年はかかるし、そんなにすぐ増産できるものでもない。増産しても米価が下がってくると、僕ら農家は“一体何をやっているんだろう”という話になるので、国にもうまく調整してもらわないと困る。単純に米価を下げるためだけに動くのではなく、今後の農業、日本の農産物、農業者のことを思って動いてほしい」

「コメが足りなければ作ればいい─」
その裏にある、現場の声。コメを増産するには、時間も人手も必要だ。
安実さんは、増産に踏み切るのであれば、国が明確な方針を示すとともに農業者に支援を行うべきだと訴える。

◆持続可能な農業の形を―
もし備蓄米が大量に市場に出回れば、コメ全体の価値が下がり、民間の米価にも影響が出かねない。安実さんはそうした不安を率直に語ってくれた。
農業を続けていくには、コンバインのような高額な設備投資も欠かせず、経営の先行きを見据えると、コメの価格安定は極めて重要な要素だ。

農家の暮らしが守られてこそ、私たちの食卓の安定がある。問われているのは、持続可能な農業の形なのではないだろうか。