「TACOトレード」という造語が金融市場で話題になっている。「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもびびって逃げる)」の略で、英紙フィナンシャル・タイムズのロバート・アームストロング氏が言い始めた。トランプ大統領の関税政策などでの「朝令暮改」ぶりを皮肉ったものだ。

「不快な質問だ。二度とするな」

トランプ大統領が4月2日に発表した相互関税が9日に実際に発動されると、金融市場では、米国株・米ドル・米国債の「トリプル安」の様相となったが、発動から13時間ほどで、上のせ分の90日間停止を発表。解任をちらつたせて利下げを求めてきたFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長への攻撃を強めたことで、ダウ平均が4月21日に一時1300ドルを超えて下落し、幅広い通貨に対しドル売りが加速すると、翌日、「解任するつもりはない」とトーンダウン。対中関税をめぐっても、市場への悪影響の懸念が強まるなか、大幅な引き下げに転じたほか、EUからの輸入品に対する50%の関税措置も発表から2日後に発動時期が延期され、過激な政策姿勢が打ち出されても、相場が大幅下落すると、方針は後退して、株価が反発するというパターンが繰り返されてきた。   

「不快な質問だ」と怒りをあらわにしたトランプ氏(5月28日)               
「不快な質問だ」と怒りをあらわにしたトランプ氏(5月28日)               
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「TACOトレード」理論は、トランプ大統領が強硬なスタンスを見せても、いずれ転換されるため、それに乗っかって取引する必要はない、との意味が込められたものだが、5月28日の会見で、受け止めについて聞かれたトランプ氏は、「不快な質問だ。二度と口にするな」と怒りをあらわにしている。

全世界を相手にした相互関税の発表をきっかけに、経済や企業業績が打撃を受けるとの懸念から、金融市場は混乱の局面を強め、相場は大幅下落したが、トランプ政権が方針転換を重ねるなか、世界株は大きな切り返しを見せてきた。アメリカ市場では、多くの機関投資家が参考にするS&P500種株価指数が、4月上旬に5000を割り込むなどしたが、6月6日には3カ月半ぶりに6000の大台を回復し、1月のトランプ政権発足直前の水準を上回った。トランプ政策の修正を見透かした「TACOトレード」とともに、大手テクノロジー銘柄への買いが相場回復を主導し、マイクロソフトやメタなど時価総額が大きいマグニフィセントセブン(M7)と呼ばれる7社のけん引力が大きかった。

「大きく美しいひとつの法案」の行方

こうしたなか、今後の波乱要因として警戒感が強まっているのが「大型減税法案」だ。         トランプ大統領肝入りの「大きく美しいひとつの法案」は、2025年末に期限が切れる個人所得減税の恒久化などを柱としていて、5月22日に下院で僅差で可決され、議論の舞台は上院に移っている。

政府効率化省のトップを務め、特別政府職員としての任期を終えたマスク氏
政府効率化省のトップを務め、特別政府職員としての任期を終えたマスク氏

この法案をめぐっては、トランプ政権でDOGE=“政府効率化省”を担い、役職を終えたばかりの実業家のイーロン・マスク氏と、トランプ氏との間で非難の応酬となっている。マスク氏が3日、SNSへの投稿で「この大規模で、ひどすぎる、バラマキの法案は実に不快な忌まわしいものだ」「財政赤字をさらに激増させアメリカ国民に耐えがたいほどの借金を背負わせることになる」と批判したのに対し、トランプ氏は5日、マスク氏には「大変失望している」と表明し、その後のSNSで「最も簡単に予算を抑える方法は、イーロンが政府から受け取る補助金や契約を終わらせることだ」と強調した。

CBO(アメリカ議会予算局)は、法案が成立した場合、2034会計年度までに財政赤字が約2兆4000億ドル(約340兆円)増加するとの試算を示している。歳入はあわせて約3兆7000億ドル減少するが、歳出削減額は約1兆3000億ドルにとどまると見込む。

ムーディーズが信用格付けを引き下げるなか、市場はアメリカの財政状況悪化に神経をとがらせるようになってきた。上院での修正協議を通じて債務がさらに膨れ上がれば、国債の増発懸念とともに、金利への上昇圧力は一段とかかりやすくなる。

パウエル議長の後任指名「非常に近い時期に」

もうひとつ、金融市場を波立たせる要因として浮上しているのが、トランプ大統領による次期FRB議長の早期指名の可能性だ。                                          

「非常に近い時期に明らかになる」。6日、記者団から次期議長について問われたトランプ大統領は、こう応じた。トランプ氏は具体的時期を明らかにしなかったが、現在のパウエル議長の任期終了は2026年5月と、まだ1年ほど残期間があり、異例の早い段階での次期議長指名になることが考えられる。

FRB・パウエル議長
FRB・パウエル議長

トランプ大統領が景気を刺激する早期利下げを求めているのに対し、パウエル議長は時間をかけて景気や物価動向を見極める必要があるとして、利下げに慎重な姿勢を崩していない。トランプ氏は、パウエル氏を「遅すぎる男」「愚か者」などと呼び攻撃を繰り返しているが、パウエル氏は金融政策の運営で政治的な配慮を行わない姿勢を強調している。

ケビン・ウォーシュ氏
ケビン・ウォーシュ氏

トランプ氏は、記者団から元FRB理事のケビン・ウォーシュ氏の名があがると、「彼は非常に高く評価されている」と答えた。ウォーシュ氏は、高関税による物価高が持続的なインフレにつながることを阻止できなければ、FRBの責任だとの考えを示しているとされる。

トランプ大統領が、次期議長の早期指名を通じて、金融政策の方向性を決定づけようとすれば、4月にパウエル議長解任要求を強めたときと同じように、中央銀行の独立性をめぐる懸念から、「アメリカ売り」が再燃する可能性もある。

相互関税の上のせ分の猶予期限が7月上旬に迫るなか、「TACOトレード」が株価の反発を演出してきた金融市場で、大型減税法案の行方と次期FRB議長の早期指名をめぐる動きがさらなる波乱を呼ぶ可能性に関心が強まりつつある。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員