『学校の「当たり前」をやめた。』
こんな刺激的なタイトルの著書がベストセラーとなっている元千代田区立麹町中学校校長の工藤勇一氏。定年で麹町中学を去ると、2020年4月横浜創英中学・高等学校の校長に就任した。
いま日本の教育現場はコロナ感染対策からICT化まで待った無しの状況だ。
「当たり前」をやめた工藤校長はこうした難題にどんな解を持ち、どんな未来の教育を思い描いているのか?新天地の横浜創英で熱く繰り広げられた一問一答がここにある。
「私がやっていることは決して先進的ではない」

――工藤校長といえば、麹町中学校で宿題や中間・期末試験、固定担任制などを次々と廃止し、まさに学校の「当たり前」をやめてきましたね。
工藤氏:
私のことを今後の教育の先頭を走っていると思っている方がいますが、それは勘違いで私がやっていることは決して先進的なことではありません。より民主的で平和な社会をつくるための学校のあり方を考え、社会のあるべき姿の追求を教育という切り口で実践しているだけです。
――工藤校長にとって学校とは、教育とは何ですか?
工藤氏:
いま科学の進歩によって人類が一瞬にして終わる時代であり、世界では合意に向けた対話が求められています。つまり革命的なリーダーが出てきて道標を示すのではなくて、地道に対話をして上位で合意する。これを多くの人間ができるようにするのは教育しかないと思っています。
どの子どもにとっても教育とは社会に出るための準備であり、未来の社会像を示す場所です。様々な人がいることを学校というコミュニティを通じて知り、多くの対立を経験しながら対話をして、全員が納得するものは何かを探り当てて合意していく。学校とは対話を学ぶ場所であるべきだと思います。
「コロナ対策はやりすぎと感じるが致し方ない」

――喫緊の課題であるコロナ対策について伺います。この学校では教員生徒全員が校内でマスク着用ですね。学校によっては、マスクにフェイスシールド着用を義務付けているところもあるようです。
工藤氏:
個人的にはやりすぎのように感じていますが、全く真逆に感じる方もいらっしゃるわけですから、致し方ないことだと思います。新型コロナウイルスは暫くすればさらに解明されて「やりすぎだったね」となれば、いまのような対応は無くなると思います。エボラ出血熱のような致死率の高いものであれば誰も社会活動優先だといいませんが、たまたま毒性がそこまで強くないため批判が出ているわけで、これはメディアも含めてきちんと対話しないといけませんね。
――コロナ感染拡大を受け3月に始まった全国一斉休校では、オンラインに対応できる学校とそうでない学校に分かれ、結果として教育格差が生まれましたね。
工藤氏:
私が今年4月に就任した当初、職員の大半はITが苦手で積極的に端末を使っていませんでした。今年度内に1人1台端末を整備する予定だったので、教員も半分くらいしか持っていなかったのです。教員全員に端末が整備されていない状況でICT化は難しい。そこでまず必要なのは教員が“当事者”になることなので早速4月1日に教員を集めました。
「休校でオンライン授業しか無いと結論」

――そこで何を始めたのですか?
工藤氏:
まず全員で当事者になるためのプロセスを辿ろうと。コロナのことを皆で考え、可能な限り正確な情報を共有化しようと。最上位なのは子どもとその家族、そして私たちの命を守らなければならない。さらにコロナが続けば、保護者は誰も私学に子どもを通わせたいと思わなくなる。ではどうすればいいのかを皆で考えました。そうするといまの学校の仕組みでは自ずとオンライン授業しかないと結論に至りました。
ーーそしてオンライン授業をはじめたと。
工藤氏:
不安な子どもを安心させなければならないのに、教員はITが苦手などあり得ない。いままで教員は“個人商店”でしたが、目的は一緒なので協働して様々な工夫を行いました。職員室では対立が起きることがあります。しかし対話を通して上位に合意することこそ、私たちが出来なければなりませんし、出来ないなら生徒に教えることは出来ません。
「オンラインかリアルかという議論は意味がない」

――政府は「1人1台端末」のGIGAスクール構想を進めていますが、自治体ごとに地域格差が生じています。
工藤氏:
これも“当事者”でないということですね。与えられることを待っていて、物事を決定出来ない。
――オンライン授業かリアルな対面授業か、と悩んでいる学校もあります。
工藤氏:
オンラインかリアルかという議論には意味がないと思います。私は院内学級を立ち上げた経験がありますが、院内には重い病気の子どももいて、学級ができた時の喜びは凄かったです。院内でオンライン授業を受けることができれば、その子どもにとってはかけがえのないことで、オンラインかリアルかは意味がないのです。
よく「オンラインだと対話が出来ない」という人がいますが、問題なくできますよ。リアルでなければ対話ができないというのは、「誰一人取り残さない」ことからみれば人を差別していると思います。オンラインとリアルはそれぞれ良さがあるので、「良い・悪い」の二項対立で考えることではないですね。
学級の生徒の人数より一斉授業の見直しを

――政府・自民党ではいま、30人学級実現に向けた動きを加速しています。
工藤氏:
1クラス当たりの児童生徒の人数を減らすのはいいことですが、30人になってもあまり変わらないと思います。知識を伝達するだけだったら、教員1人オンラインで200人の授業も可能ですから。
東京都の教育委員会にいたとき島嶼へき地教育を担当してたことがあり、その地域の授業を観に行きましたが、学校に生徒が3人だけなのに一斉授業をしているんです。つまり一般的なモデルに示された年間のカリキュラムをこなすことが目的なわけですね。よく「過疎地の子どもは勉強ができない」という人がいますが、少人数であれば少人数を活かす教育をすればいいわけです。
――つまり学級の人数よりも、本質は教え方、学び方にあるということですね。
工藤氏:
麹町中学校では数学の教員は3年間、生徒に一方通行の授業をしませんでした。AIドリル「キュビナ」や生徒それぞれが選んだ教材を使って、子どもは自律的に学んでいく。教えないことで子どもはこんなに効果的に学ぶのかと驚きましたよ。
一斉授業を考えたとき、教室の半分の子どもは既に学習塾で学んでいる。一方で半分の子どもは初めて学ぶ。そうすると塾に通っている半分にとって、その授業は無駄な時間ですよね。だから30人学級にすればいいという話ではなくて、1人1人が自分のやり方で学ぶ方が一斉授業より効率的であり、効果があるわけです。
何を学ぶか自分で選ぶ子どもを育てる
――麹町中学の授業を取材に行きましたが、生徒1人1人がAIタブレットで数学の演習をやっていました。一方で教員は生徒の質問に個別で答えるかたちでしたね。
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工藤氏:
麹町中学の教え方に批判的な人は、「テストが無くても勉強ができる地域だから」とよくいいました。しかし麹町中学では「限られた短い時間で子どもが成果を上げる」、「主体的に学ぶ」ことが目的の上位にあり、教員と保護者、子どもの合意ができているので、成績がいい悪いは話題になりませんでしたね。
何をどうやって学ぶか、自分で選ぶ子どもを育てることに重きを置いているのに、日本はペーパーテストの点数を上げることに躍起になっています。本当に大事なものが何なのか、教育界で合意ができていません。だからいつまでも全国学力テストが終わらないのです。
――子どもの主体性や自律性こそ育てることがいま必要です。
工藤氏:
今月発表されたユニセフ(=国連児童基金)の調査で、日本の子どもは「身体の健康」が先進国38カ国中1位でしたが、「精神的な幸福度」では37位でした。まさに日本の子どもを象徴しています。この理由は簡単で自己決定をしていないからです。主体的でなく受け身の子どもや、きちんと素直にこなしていく子どもが褒められる。
子どもが放課後学習塾に行って夜遅くまで勉強をやっている姿はふつうではありません。創造せず与えられたタスクをこなすだけの人間をつくってはいけない。自ら選んでどう24時間をマネジメントするか、子どもは工夫し作り上げていくのを大人が支援するべきです。
大学入試改革は日本の教育を変える手段になる

――今年の大学入試はコロナのために授業日数がきつく、受験生にとって負担が増えていいます。いまの大学入試制度について考えるところありますか?
工藤氏:
ありますよ、もちろん(笑)。大学入試制度そのものを語っても意味が無くて、入試制度を変えることは日本の教育を劇的に変えるための1つの手段です。
変わらなければならないのは、いま誰もが当事者にならない教育をしていることです。つまりサービスを与えられることに慣れた子どもをつくっている。自分で選んで勉強したいことをやれないのは、大学入試のペーパー試験で1点でも多く取ったら大学に入学できるという入試制度が脈々と残っているからです。
だからその手段を変えようといっているのに、変えたくない人達がいます。経産省によると日本の教育産業は3兆5千億円規模で、そのうち1兆円程度が学習塾。何かを変えるときには痛みがあるので、ソフトランディングの道を考えなければいけません。
――工藤校長が横浜創英に就任してから半年。横浜創英はこれから変わっていきますね?
工藤氏:
残念ながらまだ全教職員と話ができているわけではありません。麹町中学では全教職員に徹底するのに、約4年かかりました。これを生徒・保護者に共有するためには相当時間がかかります。これからです。

――お忙しい中ありがとうございました。あっという間の1時間でしたね。
インタビュー追記:
「鈴木さん、いまいろいろなことを検討していますから、また議論しましょう」
帰り際の私に工藤校長はこう声をかけてきた。
インタビューの冒頭、工藤校長は「私のことを先頭を走っていると思っている方がいますがそれは勘違いです」と語った。しかし工藤校長はいつも、誰も追いつけないくらい先を走っている。宿題や中間・期末テストを廃止するには、長く粘り強い対話があったはずだ。だからこそ対話を通して上位に合意する大切さを、子どもに教えることができるのだ。
We must change to remain the same.
学校が学びの場であり続けるために、学校は変わらなければいけないことをあらためて感じたインタビューだった。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】