教室に響く先生と生徒の声

取材に訪れた千代田区立麹町中学校
取材に訪れた千代田区立麹町中学校
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AI=人工知能によって仕事が奪われる。この不安を感じているのは、学校の先生も同じだ。しかし実は、AIは先生の仕事を奪うのではなく、変えるのだ。

経済産業省の「未来の教室」実証事業として、AIを使った授業を行っている都内の千代田区立麹町中学校を取材した。AI授業のみならずSTEAM教育(※)も取り入れた、まさに「未来」の教育現場がここにある。

(※)STEAM教育= Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)を統合的に教育するもの
 

 
 

生徒「先生、階級値の幅ってどうやってとるんですか?」
先生「ここを引き算すると出てくるでしょ」
生徒「どうやって?」
先生「だってこの幅いくつ?」

生徒たちが使っているのは、AI型タブレット教材「キュビナ(Qubena)」。生徒たちは授業中、自分の理解度に合わせて、タブレットに出てくる問題を解き進み、解答がわからなければ、平易な問題に戻ってそこから解いていく。

一方、先生たちはそれぞれの生徒の学習進度を見ながらアドバイスをしたり、生徒から質問があればマンツーマンで教える。授業中の教室はざわざわしているが、生徒が私語や無駄口をしているのではない。先生と生徒が問題について話し合ったり、生徒同士で教え合ったりしているのだ。通常の授業では、教室に先生の声だけが響くのだが、ここでは全く違う授業の風景が広がっている。

さらに筆者が驚いたのは、生徒たちが授業開始前からキュビナを取り出し、自主的に学習を始めたことだ。こういう風景も、通常の授業ではなかなか見られない。

自主学習で効率アップ

 
 

キュビナが導入される際、先生たちから「え?授業しなくていいの?」「授業したいんだけど・・」と戸惑いや不安の声が上がったという。数学を担当する野尻恭佑先生も、当初不安を感じた1人だ。

「自分が教えない授業で、本当に進められるのかなという不安はありました。ただ、実際やってみると、『あ、教えなくても自学自習で進められるんだな』と。また、問題が分からない子どもたちを中心に指導していけば、ふだん授業を教えているよりも早い進度で進められると今は実感しています」

さらに野尻先生は、「AIが先生の仕事を奪う」説をきっぱり否定した。

「いや、それは無いと思うんですよね。タブレット学習であっても躓いてしまう子どもたちは多いので、フォローアップしないといけない部分は絶対ありますし、むしろわからない問題を質問してくる子どもたちは多いので、その対応のために先生たちが動きまわって、教えないといけません」

「成績が3から5に上がった!」

AI授業に対する生徒の反応も上々だ。

キュビナを使う前は「AIには質問できないかな」と不安だった生徒も、「キュビナにはわかりやすい解説があって、解けないところは何回もできたりします。わからないときは先生に聞いたりできます」とすっかり授業に慣れたようだ。また別の生徒は、「私は成績が3から5まで上がったり、数学が得意になったり、結構いいです」と嬉しそうに語った。

ドローンを飛ばす学習に参加する生徒たち
ドローンを飛ばす学習に参加する生徒たち

麹町中学校ではキュビナを使い始めた昨年9月以降、数学に費やされる学習時間が半減したという。これによって捻出された時間は、ロボティックス、ドローン、3Dプリンタといった最新テクノロジーによるSTEAM教育に使われる。筆者が取材した日は、移動距離や方向をプログラミングして、ドローンを飛ばす学習を行っていた。

「対話的で主体的な学び」が可能に

創業者でCEOの神野元基さん
創業者でCEOの神野元基さん

AI授業やSTEAM教育のノウハウを提供するのは、エドテック業界で注目されている教育ベンチャーのコンパス(COMPASS)社だ。コンパスでは、キュビナの開発のほか、次世代型学習塾「キュビナ・アカデミー」を運営し、子どもたちに最新テクノロジーの実践的な教育を行っている。

その創業者でCEOの神野元基さんに、今回の実証事業について話を聞いた。

--AI型タブレットによる学習で、なぜ学習時間を減らすことが出来るのですか?

「集団指導は無駄が多いためです。先生が1人で生徒が40人もいると、ある生徒にとってはすでに知っていることだし、ある生徒にとっては全然わからないことになる。ですから、生徒によっては授業1時間の中で、本当に意味のある時間は6分くらいしかないと言われています。それを最適化していけば、学習を効率化できる可能性がある。まさにテクノロジーを用いたアダプティブラーニング(※)ですね。いま自分たちの学習塾では7倍くらいの学習効率を達成していますが、麹町中学では学習時間が半分程度に減ることを実証しました」

(※)アダプティブラーニング=生徒1人ひとりの学習進度や理解度に合わせて、学習内容や学習レベルを調整する学び方

--AIが先生の仕事を奪うと言われていますが?

「そんなことはありません。教育の場で子どもたちの心のケアとかモチベーションの管理は、これまで先生がやろうと思っても、教科指導に時間を取られてしまってできませんでした。教科指導をテクノロジーに任せれば、なぜ勉強しなければいけないのかとか、コーチングに回ることができます。先生たちは『自分たちの役目がなくなるのではなく変わるのだな』と実感していると思います」
 

 
 

--AIに依存すると、生徒は人とのコミュニケーションができなくなるのでは?という懸念もあります

「通常の数学の授業よりも、むしろ子どもたちのコミュニケーションは増えています。一方通行の授業を受けている最中は、子どもたちにしてみると先生に質問しづらいんです。でもAI授業だと、先生はずっと見回っているので、わからないとすぐに質問できます。もう1つは、先生は自分の話を聞けと生徒を統率する必要が無いので、生徒は自分が分からないときに周りの友達に聞く、もしくは周りの友達に教えてあげるという双方向の学び合い、つまり『対話的で主体的な学び』ができます」

--麹町中学校の生徒の学力レベルに変化は現れましたか?

「先生たちは最初、半信半疑だったと思うのですが、自分たちが指導してきた中で、勉強してくるような子どもではなかった子が自主的に勉強してきて。『もしかしたらこれはすごく可能性のある教育法ではないか』と。麹町中学校では、生徒が理解度別に発展クラスと基礎クラスに分かれているのですが、キュビナを使った学習を行っている基礎クラスの子たちが、発展クラスの子たちにどんどん追いついています」
 

 
 

コンパスでは今後、ほかの教科でもタブレット教材を開発していくという。

そして「アダプティブラーニングがもたらすインパクト、未来の教育へのアップデートを、教育現場の方々にしっかりお話ししていきたい」と神野さんは言う。

「AIを用いた教育は様々な誤解によって浸透が難しいのですが、実は先生たちが本質的にやりたかった授業を叶える装置だと確信しています。授業中のコミュニケーションが増えるので、生徒の心が分かるようになるなど、先生がやりたかった教育はテクノロジーとの融合の先にこそ見えてきます。それをちゃんと国全体に伝えていくことで、諸外国に絶対に負けない教育を作ることができると思っています」

世界的なデジタル競争の中、いま日本の教育・人材育成は行き詰っている。AIは教育との親和性が高く、教育の未来を変える突破口となるだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。