社会人スケーターとしての挑戦
学生生活とともに競技生活の幕を閉じる選手が多い中、籠谷は社会人スケーターとして競技を続ける道を選択した。
「憧れの舞台へもう一度」
その思いを胸に、練習と仕事、というハードな日々をこなしていた。
「朝は3時に起きて出社前にリンクへ行って。仕事終わりに練習に行くこともあります。練習時間も減って、氷に乗っている以外の過ごし方も変わった。慣れない部分もあるけれど職場の方やチームメイト、周りの人の応援が励みになっています」

そして、社会人2年目となった2024-25シーズン。籠谷がテーマに掲げたのは「がむしゃらにやりすぎない」だ。
ただ必死になって自分で進めていくのではなく、会社やコーチら周りに相談しながら練習を積み重ねていったことで考えが変わったという。
「今までと違っていい意味で固まっていなくて。すごくいい状態で演技ができたと思いますし、やってきたことを全部出せた」

その言葉通り、西日本選手権のフリーでは冒頭3連続ジャンプをクリーンに決め、残りのジャンプも大きなミスなくまとめた。
フリー『ミス・サイゴン』のテーマに込められた“強い女性”を、後半で盛り上がるクライマックスまですべてを出し切った。全日本への執念を感じられる演技だった。
このとき、籠谷の西日本の演技を見ていた坂本は再び涙していた。
「西日本はFODの配信でしっかり見ていて。いつも、あゆ(籠谷)は西日本になると、緊張して動きが鈍くなりがちですが、今年はショートもフリーもすごく落ち着ているなって、画面越しでも伝わってきた。一つ一つ丁寧にやっていたので、これは悔いがない演技だなって思っていたら“これいける”って思って。決まった瞬間に電話して、ぶわーって涙が出てきました。嬉しすぎて最高です」

自身3度目の全日本選手権は、初出場した時と同じRACTABドームで開催された。
しかし、フリーに進出できず、ショート25位で終わった籠谷。完璧な演技とはならなかったものの、一つ一つの滑りを丁寧に、思いを込めて滑る姿が印象的だった。
最後の大会は盟友・坂本と
大きな目標に掲げていた「全日本出場」を、籠谷は会社員とスケーターの両立をこなしながらやり遂げた。

競技人生の締めくくりは、盟友・坂本と兵庫県代表として出場した2025年1月の国スポだった。
ショートでは最終滑走という中でも堂々と滑り切り、シーズンベストとなる55.98点をマーク。
続くフリーでも「見てくれている人に感謝の気持ちを込めて」と、大きなミスなく演技をまとめ、ショートに続きシーズンベストを更新した。
坂本と2人で力を合わせ、目標の表彰台入りを達成した。

大会後の坂本に籠谷の社会人になってからの活躍を聞くとこう語った。
「社会人になってより忙しくなって、仕事の前に朝5時45分から滑って会社終わってから練習に来る。スケートに対する気持ちが、社会人になっても途切れずできているのが本当にすごい。それだけ好きなんだなっていうのもあるし、社会人1年目で感覚や、やり方をつかんだからこそ2年目で上手くできて、全日本も国スポもいい演技ができたんじゃないかな。その努力は自分にはわからないけど、でも見ていて本当に“この人すごいな”とずっと思っている。ちっちゃい頃からずっと一緒にやってこれて良かった」

最後の大会を終えた籠谷は「すごく思い出がいっぱいある。今年も一緒に出られてすごくうれしかった。『2人で一緒に頑張ろう』って、一致団結していい結果を残せたことも本当に嬉しい。本当に思い出がいっぱい詰まった試合になった」と満足げな表情を見せた。
20年間にわたり続けたスケート人生。
盟友に見届けられその幕を閉じた籠谷の、新たな道のりを応援したい。