5月1日で水俣病の公式確認から69年を迎えた。1日に行われる慰霊式を前に、4月30日午後に浅尾慶一郎環境相が熊本・水俣市に入った。2024年に批判を浴びた、いわゆる『マイクオフ問題』を受け、2025年は被害者団体との懇談が、4月30日と5月1日の2日間に渡って行われた。

環境省が起こした『マイクオフ問題』

まずは、改めて2024年の『マイクオフ問題』を振り返る。例年、5月1日の慰霊式の後に環境省が実施している被害者団体と環境相との懇談。2024年、この席には8つの被害者団体が集まり、環境省が設定した『1人3分間』の持ち時間内で、それぞれの思いを伝えようとしていたが…。

この記事の画像(25枚)

環境省職員が「話をおまとめください」と、制限時間を超えると一方的にマイクの電源を切り、発言を遮った。この対応が批判を浴び、当時の伊藤環境相は謝罪に追い込まれ、2024年7月には伊藤環境相との再懇談の場が3日間にわたって設けられた。

2024年10月には新たに浅尾慶一郎参議院議員が環境相に就任。2025年5月25日の会見で、浅尾環境相は初の水俣入りを前に「しっかりと意見交換をして、水俣病問題の解決に向けて少しでも前進させたい」と述べていた。

浅尾環境相が水俣病胎児性患者を訪問

2日間の日程で、浅尾環境相は、まず胎児性・小児性患者向けのケアホーム『おるげ・のあ』を訪問。この施設で暮らす胎児性患者の金子雄二さんと面会した。金子さんは気管切開の影響でしゃべることができないため、支援者や主治医が金子さんの思いを代弁した。

支援をする水俣病胎児性小児性患者・家族・支援者の会加藤タケ子事務局長は「生まれた時から構音障害、言語障害が重く、それでも私たちと一緒に水俣病を伝えるプログラムで小学校を回り伝えにいっていた」と話す。

主治医などによると、金子さんは加齢により、水俣病の症状が悪化し歩行が困難となったほか、口から食事がとれず、胃ろうにより栄養を補給しているという。また、毎月約10万円かかる訪問入浴について、水俣市が重度障害福祉サービスの利用を認めず、自己負担となっていて、現在、市と争っていると説明した。

環境省の水俣病対策として支援してほしいと環境相に訴えると、浅尾環境相は「制度の話なので、うまく制度を活用できるようにできればと思う」と述べた。

水俣病・公式確認のきっかけ田中実子さん

浅尾環境相は、69年前、水俣病が公式に確認されるきっかけとなった小児性患者の田中実子さんの自宅を木村熊本県知事と共に訪問し、15分ほど面会した。

実子さんは2歳の頃に水俣病を発症し、現在71歳。ヘルパーによる24時間態勢の介護を受け、会話はできないが、浅尾環境相が訪問した際には目を開けて応じたという。

義理の兄で、実子さんと一緒に暮らす認定患者の下田良雄さんによると、浅尾環境相は「今までよく生きてこられましたね。ご苦労おかけしました」という趣旨の声をかけたという。

下田さんは「水俣病患者の生活をよく見てもらえて良かった」と話し、「今年から(国による)健康調査も始まるが、それをしっかりやってもらって、今も苦しんでいる人たちを一人でも多く救ってほしい」と期待を寄せた。

「私たちは不安を抱えて生きている」

また浅尾環境相は『水俣病互助会』のメンバーとも個別に面会した。小児性患者で水俣病互助会会長の岩本昭則さんは「胎児性や小児性の患者は定職に就くこともかなわず、みな経済的に厳しい状況にあることを理解してほしい」と、患者が置かれている窮状を訴えた。

岩本さんは「生きている認定患者は200人余りで、ほとんど胎児性・小児性患者。支えてくれた両親もすでに亡くなり、兄弟姉妹は高齢化して家庭で支える力はなくなった。私たちは大きな不安を抱えて生きている」と将来の不安を浅尾環境相にぶつけた。

また、水俣病公式確認の年に生まれた胎児性患者の坂本しのぶさんは、利用している介護や福祉サービスの現場は人手不足で、これから先の生活が不安だと声を絞り出して訴えました。

これに対し、浅尾環境相は「患者補償の充実についてはチッソにも伝える」と応え、同席した熊本県の木村知事は「みなさんが安心して地域で暮らせるよう、国や鹿児島県とも連携して取り組む」と述べた。

ランク変更を4度棄却 違いを教えて

続いて、浅尾環境相は『水俣病胎児性小児性患者・家族・支援者の会』と面会した。

水俣病胎児性小児性患者・家族・支援者の会の加藤事務局長は「この69年の中で命が無残に閉ざされている現実をしっかりと見てほしい」と話し、浅尾環境相の前には、これまでに亡くなった水俣病認定患者や支援者の写真が置かれた。

加藤さんは2024年の懇談の後にメンバーが1人亡くなったことを報告し、「水俣病の現実を見てほしい」と訴えた。

また、胎児性患者で20歳のときに水俣病と認定された松永幸一郎さんは、当時は自分の足で歩けたため、症状の重さによって『A』から『C』まで3段階に分けられる補償のランクは2番目の『B』に。しかし、15年ほど前から自由に歩けなくなり、現在は車いす生活だ。

補償のランクを『A』に変更するよう申請していますが、これまでに4回棄却されていて、同じく胎児性患者でランクが『A』の永本賢二さんは「残念ながら僕は『A』、こっち(松永さん)は『B』。この差は大きい。(松永さんは)車いすなのにどうして?だから僕はそこがおかしいと思う」と話した。

松永さんは浅尾環境相に「ランク変更を(15年の間に)4回出して却下されて。他の胎児性患者はほとんどAランクなのに自分はBランクで。その違いを教えてください」と話し、浅尾環境相は「一番大事なのは対話。制度の中で見直していきたい」と述べた。

『認定基準』や『健康調査』の見直しを

浅尾環境相と木村知事は、更に4月30日の午後4時半ごろから6つの水俣病被害者団体と懇談を開始。冒頭、水俣病被害者・支援者連絡会の山下善寛代表代行が、2024年の『マイクオフ問題』を受けて発足した環境省のタスクフォースについて、「環境省の姿勢は『マイクオフ』問題から変わりなく、話を聞くだけで信頼回復とはなっていない」と批判した。

懇談では、出席した6団体などが連名で、公健法に基づく認定審査や2025年度から環境省が先行的に始める脳磁計などを使った健康調査の見直しを求める要求書を提出した。そして浅尾環境相と被害者団体との間で議論が交わされた。

水俣病被害者互助会の佐藤英樹会長は「私は関西訴訟の判決に沿えば100%なんですよ。それなのに『総合的判断』で棄却ってなんですか?おかしいでしょ。『総合的判断』はあなたちの都合のいい判断だ」と、公健法における認定基準の見直しを求めた。

また、水俣病被害者市民の会の山下善寛代表は「私たちが反対している脳磁計やMRIによる健康調査を実際に実施するのか撤回する気持ちはないのか、お尋ねしたい」と、被害者団体が見直しを求める健康調査の手法について環境省に質した。

2024年に起きた『マイクオフ問題』を受けて、この6団体との懇談は2時間半を予定して行われ、予定時間を過ぎても続いた。

『マイクオフ問題』松﨑さんと懇談

また4月30日に引き続き5月1日も被害者団体との懇談に臨んだ浅尾環境相。午前9時から、2024年の懇談でマイクの音を切られた松﨑重光さんが副会長を務める『水俣病患者連合』と『水俣病被害者獅子島の会』のメンバーと意見を交わした。

水俣病患者連合の松﨑重光副会長は「(妻は)毎日毎日、『痛い、痛い』と言いながら死んでいった」と話し、水俣病患者と認められずに、2023年に亡くなった妻について触れ「認定患者も未認定患者も症状は変わらない。国は考え方を変えて水俣病問題を解決してほしい」と訴えた。

懇談の中で被害者団体は2024年に続き水俣市が運営する認定患者の療養施設『明水園』に未認定患者も入所できるよう改めて要望。しかし、環境省と熊本県は「水俣市も含めた3者で意見交換を重ねたい」と答えるにとどめた。

難色示す環境省に熊本県の木村知事が要望

また、政府の解決策で救済された未認定患者に給付される『療養手当』について、物価高騰などの影響を加味して増額するよう求めた。これについて環境省は難色を示したが、国と共催の立場で参加している木村知事が意見を述べた。

「私は熊本県としては療養手当も上げられると思っている。引き続き環境省が色々なことを考えてくれるように、私は要望していきたい」との木村知事の発言を受け、環境省は「他の施策などを活用できないか検討したい」と述べた。

『療養手当』の増額に否定的な環境省と、可能性を示した熊本県に対して、水俣病患者連合の松﨑重光副会長は「わかりませんね相手が相手なので。今まではそういうことはしてないので…。救う気持ちがあればできると思う。要望書通りにいってくれたらいいと思う」と、国と熊本県の水俣病被害者を救済する意識に期待を寄せた。

(テレビ熊本)

テレビ熊本
テレビ熊本

熊本の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。