海外からの観光客に絶大な人気を誇る日本の市販薬。ドラッグストアでたくさんの外国人が市販薬を買い求める姿を誰しもが見たことがあるだろう。高品質で知られる日本の市販薬だが、鎮痛剤の一部について、韓国・関税庁は4月から国内への持ち込みを禁止した。その背景には、薬物犯罪がまん延する韓国社会の現状があった。
日本の鎮痛剤の一部を持ち込み禁止に
4月14日、ソウル警察庁がある動画を公開した。

動画に映っていたのは白昼の住宅街で、道路の真ん中をふらつく男。通りかかったトラックを呼び止めると、運転手の胸ぐらをつかんだ。さらに男はその後、トラックのドアを殴り続けた。現場に駆けつけた警察官が男の身柄を取り押さえ、調べると男から大麻の陽性反応が出たという。

韓国ではここ数年、薬物犯罪による検挙者が急増している。2023年にはソウル市江南区の学生街で、学生たちが「集中力強化飲料」と称した覚醒剤と牛乳を混ぜた飲み物を飲まされる事件も起きた。この事件の主犯として逮捕された20代の男は、4月に懲役23年が確定している。
ほかにも、約14億5800万ウォン相当(日本円で1億4600万円)の医療用麻薬を不法に患者に投与した疑いで医師が逮捕されるなどしている。
“薬物犯”5年で約1万5千人増…無料薬物検査の利用者は1年で8倍超に
韓国の最高検察庁によると、薬物犯罪での検挙者は2023年で2万7611人と5年前に比べ2倍以上増えている。2024年も2万3022人が検挙され高止まりの状態で、検挙者は10代から30代が多数を占めている。ちなみに日本の薬物犯罪の検挙者は2024年で1万3462人、人口当たりで計算すると韓国の薬物犯罪の検挙者は日本の4倍以上となる。
薬物犯罪の拡大を防ぐため、韓国の自治体は保健所で匿名での無料薬物検査を行っている。ソウル市では、検査を始めた2023年は134人(うち陽性3人)が検査を受けたが、2024年には1091人(うち陽性16人)が検査を受けたという。
「“麻薬キンパ”名前使わないで」政府が異例の呼びかけ
薬物犯罪の増加は、韓国グルメにも影響を及ぼしていた。

ソウル市内中心部にある広蔵市場は100年以上の歴史を持ち、「ユッケ通り」や屋台グルメが日本人観光客にも大人気の場所だ。

広蔵市場の名物グルメ“麻薬キンパ”は、通常のキンパよりもかなり小ぶりで、中にはご飯とニンジン、たくわんしか入っていないとてもシンプルなのり巻きだ。しかし、具材を包むノリの表面にたっぷりと塗られたごま油の香ばしい香りが食欲を駆り立て、“麻薬キンパ”という名前の通り、一度食べるとやみつきになる。
この“麻薬キンパ”も薬物犯罪増加のあおりを受けている。韓国の食品医薬安全所は2月、麻薬に対する社会的警戒心を高めるため、“麻薬キンパ”や“麻薬トッポッキ”などの商品名を使っている飲食店に商品名の変更を勧告すると発表した。名称変更に伴う看板の掛け替えなども支援するという。
韓国での薬物犯罪は“ローリスク・ハイリターン”
なぜ、韓国で薬物犯罪がまん延しているのだろうか。韓国の最高検察庁は、マレーシアやカンボジアなど国際犯罪組織による麻薬の密輸が増加していると指摘した上で、韓国では麻薬の取引価格が周辺国に比べ高いため、犯罪組織が高い収益を狙って犯行に及んでいると分析している。中国やシンガポールなどで薬物犯罪の最高刑が死刑となっているのに対し、韓国は処罰も弱く、犯罪組織にとっては「ローリスク・ハイリターン」になっているというのだ。

4月11日には、タイから麻薬を大量に持ち込み、ソウル市江南区のクラブなどで売りさばいていた韓国人の男がタイで検挙され強制送還された。男は2022年10月から2024年11月までの間に覚醒剤や麻酔薬の一種「ケタミン」など600億ウォン(日本円で60億円)相当を販売した疑いがあるという。
薬物犯罪撲滅へ捜査機関による取り締まりが期待される一方で、2025年度の予算では検察が薬物の偽装取引に使う特別活動費はゼロとなっている。政府が編成した予算に対して野党側が「証拠書類に不備がある」と反対したためだ。
4カ月以上にわたり、大統領不在の政治空白が続く韓国。6月3日に実施される選挙で選ばれる新たな大統領は、薬物犯罪についてどんな対策を実施していくのか注目される。
(FNNソウル支局 濱田洋平)