韓国で非常戒厳を宣言した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾審判は近く、宣告が行われる見通しだ。尹大統領は罷免されるのか、または職務復帰となるのか、韓国の行く末を決める審判の日を前に、弾劾に反対する人が増え、国民の分断は深まっている。中には、家族と絶縁してまで弾劾反対を訴える若者もいた。韓国で今、何が起きているのか取材した。

“弾劾反対”20代以下は3倍超に増加

3月12日、新学期を迎えたソウル市内の私立大学。正門の両脇で弾劾「賛成派」、「反対派」の学生らがそれぞれ集会を開いていた。

大学の前で集会を開く弾劾賛成派の学生たち(3月1日)
大学の前で集会を開く弾劾賛成派の学生たち(3月1日)
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たくさんの学生がキャンパスへと入っていく中、双方がマイクとスピーカーを使い主張を繰り広げる。新学期が始まったさわやかな雰囲気を吹き飛ばすほど混乱した状態だ。

集会に乱入したYouTuber
集会に乱入したYouTuber

さらに、そこに乱入してきたのが極右YouTuberの男性だ。上下ピンクのスーツ姿に長い髪を後ろに結んだその男性は、突然歩道に車で乗り上げる。そのまま車のルーフに上がると、弾劾賛成派に対し「お前こそ度胸はあるのか。何をしているんだ」とヤジを飛ばしていた。その様子を仲間とみられる人たちが、スマートフォンで配信している。過激な演出で再生回数や視聴者からの投げ銭を稼ぐ狙いもあるのだろう。

韓国では2月末から、ソウル大学や延世大学など全国各地の大学で、弾劾賛成派・反対派の集会が同時に開かれる事態が相次いでいるが、たびたびYouTuberが乱入し、問題となっている。

韓国社会の分断は数字にも表れている。3月21日に韓国ギャラップが発表した世論調査では、弾劾に賛成する人は58%、反対する人は36%となった。12月第2週の世論調査では賛成75%、反対21%だった。すべての年代で反対が増えていて、20代以下(18歳~29歳)では、12月時点で反対は8%しかいなかったが、3月には25%と3倍超となった。

弾劾反対の理由は“野党への拒否感”と“不正選挙疑惑”

なぜ、弾劾に反対する若者が増えているのか。

弾劾反対派の学生たち
弾劾反対派の学生たち

その理由を探るため、あるアパートの一室を訪ねた。そこにいたのは、弾劾反対派の大学生6人。全員が別々の大学に通うがSNSを通して知り合い、大学などでの集会を企画している。メンバーの1人で慶熙(キョンヒ)大学のチョ・スヨンさんは、「尹大統領が非常戒厳をせざるを得なかった理由があった」と話す。

慶熙大学のチョ・スヨンさん
慶熙大学のチョ・スヨンさん

慶熙大学 チョ・スヨンさん:
ニュースや記事を見て、尹大統領が非常戒厳をせざるを得なかった理由があったと思った。野党が議会を捕まえて大統領の首を絞めていた、立法府(国会)と司法府が一緒になって行政府を苦しめていることが分かった。

尹大統領は非常戒厳を宣言した理由として、野党が閣僚や検事を相次いで弾劾訴追したことなどにより内政が停滞したことや、与党が大敗した2024年4月の総選挙での不正疑惑などを挙げている。学生たちはこの主張に共感して弾劾反対の姿勢だ。

漢陽大学のキム・ジュンヒさん
漢陽大学のキム・ジュンヒさん

一方で、「非常戒厳は内乱にあたる」として弾劾に賛成する人たちが依然、多数を占めている。国民が分断している現状について漢陽(ハンヤン)大学のキム・ジュンヒさん(24)は「韓国は今、銃や剣のない戦争をしている。両極化は仕方がない」と話した。

「あなたの人生が壊れる」“弾劾反対”で両親と絶縁

しかし、“銃や剣のない戦争”は友人や家族の間でも起きていた。事務所として借りたアパートには、ベッドが何台もあり寝泊まりができるようになっている。弾劾をめぐり家族と意見が対立し、家を出た学生もいるからだ。

中央(チュンアン)大学のイ・スンジェさん(24)さんは、弾劾反対を表明したことをきっかけに両親と絶縁状態になった。母親から何通も送られてくる通信アプリ「カカオトーク」はずっと未読のままにしているという。

中央大学のイ・スンジェさん
中央大学のイ・スンジェさん

中央大学 イ・スンジェさん:
母はとても怒って、「あなたの人生が壊れる。私たちの家柄も壊れる」と言う。(母と連絡したのは)今まであげたお金を全部返しなさいと口座番号が送られてきたのが最後。両親の世代は、私たちを幼く扱って、政治の意思を示すことについて非常に否定的だ。

韓国の大学試験で、会場に入る前に受験生とその両親が堅く抱き合う姿を見て、この国の家族の絆の強さを目の当たりにした。そんな韓国で、家族の断絶が起きるほど弾劾による分断は、深まっていた。

非常戒厳でさらに…日本よりも高い政治への関心

2024年12月、非常戒厳の宣言後、初めての週末、ソウル中心部での弾劾賛成派の集会で中学生くらいの少年が飛び入りで壇上に登場し、数百人の観衆を前に熱の入った演説で弾劾を訴える姿を見た。そして、今回の大学生たちを取材して、若い世代の政治への関心の高さを実感した。

韓国の選挙での投票率を見てみると、2024年4月の韓国の国会議員選挙では、20代の投票率は52.4%だった。2022年の大統領選挙では、20代の投票率は71.0%となっている。2024年10月の日本の衆議院選挙の投票率は53.85%と戦後3番目の低さとなり、年齢別では20歳~24歳が30.99%、25歳~29歳が38.19%となり、日本よりも若い世代の政治への関心が高いことがうかがわれる。

弾劾反対派の集会(3月1日)
弾劾反対派の集会(3月1日)

しかし、漢陽大学のキム・ジュンヒさんは、「多くの若い人が政治に無関心だった」と話す。非常戒厳がきっかけとなり、若い世代の政治への関心が高まったというのだ。

漢陽大学 キム・ジュンヒさん:
私は予備軍(兵役経験者)なので、非常戒厳の宣言を聞いて戦争が起きたと思った。軍服を着て出かけなければならないと思った。(みんな)韓国が危機的な状況だと認知して、互いに声を出すようになったのではないか。民主主義の国家で政治に関心がないのは、無責任な行動だと思う。

弾劾審判の宣告は?暴動想定しガソリンスタンド封鎖か

尹大統領の弾劾審判の宣告はいつになるのだろうか。当初は3月14日が有力視されたがいまだ日付は明らかになっていない。韓国の聯合ニュースは「4月に持ち越される可能性も排除できない」としている。弾劾に反対する世論の高まりが影響して宣告が遅れているとみられている。

釈放された尹錫悦大統領(3月8日)
釈放された尹錫悦大統領(3月8日)

韓国の警察は、弾劾審判の宣告でどんな判断が言い渡されたとしても、暴動が起きる可能性があるとして、憲法裁判所周辺のガソリンスタンドの封鎖や、トウガラシ辛味成分「カプサイシン」での対応を検討している。実際に2025年1月には、尹大統領の逮捕状を出した裁判所でYouTuberを含む支持者らの暴動が起きたこともあり、危機感は高まっている。

警戒強まる憲法裁判所前
警戒強まる憲法裁判所前

大学生のキム・ジュンヒさんは「人々が互いに憎み合うのではなく、互いに理解し受け入れられるような社会になればいい」と話した。日本への影響も免れない韓国社会の混乱。深まった分断が衝突ではなく、融和に向かうことを切に願いたい。
(FNNソウル支局 濱田洋平)

濱田洋平
濱田洋平

FNNソウル支局特派員。1988年熊本県生まれ。テレビ西日本で福岡県警キャップ・行政キャップなどを担当、報道番組「福岡NEWSファイルCUBE」のディレクターとして新型コロナにおける医療問題や旧統一教会などを取材。2024年8月から現職。