特定危険指定暴力団・工藤会のトップが逮捕された、いわゆる「頂上作戦」から9月11日で6年。
組織の弱体化が進んでいるとされる工藤会の現状をどうみているのか。
長年捜査に関わった元刑事を取材した。

工藤会の捜査に長年携わった元刑事の思い

ーー工藤会本部跡地に足を踏み入れられての今の思いは?

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
正直、やっとここまでこれたのかな、そういう感慨はあります

福岡県警北九州地区暴力団犯罪捜査課の元課長・藪正孝さん(64)。工藤会の捜査に長年携わり、本部事務所の撤去にも関わった。
藪さんが工藤会の事件と向き合うようになったのは、今から26年前。
当時、工藤会は、利権拡大に向けた活動を進めていたと話す。

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
当時、工藤会が10数件の連続発砲事件をやった。暴力団対策法というのができて、市民からも暴力団との関係を絶とうという動きも出ていたんですよね。それに対する、いわば「先制攻撃」。工藤会にたてつくと最後は“殺される”と

「これが工藤会か」飲食店に手りゅう弾

1994年、債権の取り立てや"みかじめ料”の要求を拒むホテルやパチンコ店などが狙われる発砲事件が、わずか4日間で13件発生。
あわせて47発もの銃弾が撃ち込まれるなど、工藤会に「逆らう者は許さない」という姿勢が鮮明になる。

2000年には、野村悟被告が会長の座につき、田上不美夫被告と「野村・田上体制」を確立。
その3年後、藪さんの心に深く刻まれることになる事件が起きた。

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
正直、ここまでやるのかと。これが暴力団か、これが工藤会か、というような事件でした

記者リポート(当時):
北九州市の繁華街の高級クラブに、爆発物のようなものが投げ込まれたようです

2003年8月、暴追運動の先頭に立つ男性が経営する飲食店に手りゅう弾が投げ込まれ、12人が重軽傷を負った。

当時店で働いていた女性:
(男が)黒い物体をピューと投げて。そのあとに音とともに爆発が起きて、テーブルから何もかもが砕けて、ほとんどのものが女の子に刺さった

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
火だるまになったり、足首が裂けたり…何でこの方たちがそこまでひどい目に遭わないといけないのか

当時、強く印象に残ったのは、防犯カメラに映っていた実行役の男の「ある行動」だった。

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
彼は1回、中に入ってすぐに出てきた。そしてここをぐるっと回って、また入っていって、そこで爆弾投げ込んで逃げてきた

犯行直前、店に入った男は、一度店の外に出たあと、入り口の前で回って引き返して、再び店の中に入っていったという。

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
ちゅうちょしたんじゃないかなと。工藤会の上から命じられたことですし、トップが絶対なんです。工藤会、暴力団が存在している限り、またこのような事件は必ず起こる。ならば、やっぱり壊滅を目指すしかない。頂上を目指すしかない。工藤会のトップがいる限り事件は止まらない

「頂上作戦」で組織を弱体化 戦いの場は司法に

この事件は、警察が野村被告ら上層部の摘発を本格的に目指す大きな契機となった。

その後も、一般市民に対する襲撃事件が続発。
警察が捜査の網を広げる中、2014年9月 捜査はついにトップのもとに―

記者リポート(当時):
工藤会のトップ、野村総裁の自宅に警察が強制捜査に入ります

殺人などの疑いで野村・田上被告ら最高幹部を次々に逮捕した、いわゆる「頂上作戦」。
絶対的なトップを切り離すことで、組織全体を弱体化させることが最大の狙いだった。

今、その戦いの場は司法に移っている。

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
県警による主要幹部検挙、中枢部分が隔離されている。それは、その事件捜査に協力いただいた市民の方、捜査員の努力もあって、一部の実行犯や関係者が本当のことを話してくれた。それが大きいと思う

頂上作戦から6年―
工藤会の構成員数は、2008年のピーク時の730人と比べると、現在は260人と半分以下に減少している。

北九州市の「負の遺産」とまで言われた本部事務所は解体され、更地となった。
本部事務所の跡地はNPO法人が買い取り、生活困窮者などを支援する社会福祉施設を建設することが計画されている。

跡地は、暴力団のシンボルから、福祉のシンボルへと生まれ変わろうとしている。
しかし、工藤会壊滅に向けた動きは「まだ道半ば」と藪さんは指摘する。

元福岡県警刑事・藪正孝さん:
やはり暴力団を必要としている人たちがいる。違法薬物の密売とかがそうですよね。ほとんどが暴力団の組織的な関与がある。そういうのがある限りは、暴力団の壊滅はなかなか難しいのではないかと思っています

いまだ実現しない組織の完全な壊滅。
警察や市民の取り組みは、今もなお続く。

(テレビ西日本)